知られざるヘビの生態を追う。――京都大学動物行動学研究室

      2016/05/05

 私にとって、ヘビは比較的馴染みの深い動物のひとつである。
 5才の頃、実家にはじめてやってきたペットがボールニシキヘビだったし、毎年夏休みに訪れた母の実家では、周辺に出没するアオダイショウやシマヘビを捕まえて遊んでいた。実家のボールニシキヘビが死んでからはしばらく遠ざかっていたものの、やはりその魅力からは逃れられず、数年前から同じヘビを飼っている。最古参のクサガメが今年で20歳になるカメ類には及ばないけれど、それなりに付き合いの長い動物と言える。
 その割に、ヘビについては知らないことが多い(どんな動物についてもそうだが)。アナコンダは1度居場所を決めたらほとんど動かないから、アナコンダのいる場所は排泄物の臭いなどが混ざり合った独特の「アナコンダ臭」がする、なんてことはiZooの白輪剛史園長に教えてもらうまで知らなかったし、ビルマニシキヘビが餌を食べる時、心臓、小腸、肝臓、腎臓が、餌を食べる前の1.3~2倍にまで大きくなる、ということも、このヘビの全ゲノム情報が解明されたというニュースに付記されるまで知らなかった。付き合いが長いはずのボールニシキヘビについてさえも、野生下でどんな生活をしているのか、考えてみればよく知らない。原産国である西アフリカに送り込まれて、「捕ってこい」と言われても、1匹も見つけられないような気がする。
 ヘビを飼っている私でさえそんな状態なわけだから―—という言い方をすると、たぶん熱心な愛好家の方からは、「お前の勉強が足らんだけじゃボケ」とお叱りを受けるのだろうけれども―—、ヘビに特段の関心を持たない「普通の人」が、ヘビについてほとんど知識を持っていないというのも、致し方ないことかもしれない、と思う。そこへ、毒ヘビのようにセンセーショナルな存在が加われば、誤った知識ばかりが流布していくのも無理からぬことだろう。知名度の割に実態が知られていない。ヘビは、そんな動物の代表格と言えるかもしれない。
 そんなヘビを研究対象にしている研究室が、京都大学にある。理学研究科の動物行動学研究室である。ここでは、准教授の森哲理学博士のもと、ヤマカガシやヒメハブなど、ヘビ類の行動学的研究が行われている。
 昨年、動物系統学研究室の疋田努教授を訪ねた際、「森さんの研究もとてもおもしろい」ということを伺っており、お話を聞いてみたいと思っていた。また、東京スネークセンターの金子ヒサミツさんや渡辺晋さんと話す中で、ヘビの「本当の姿」を自分自身もしっかりと知りたいし、わずかでも、それを伝えるお手伝いをしたい、と考えてもいた。そこで、1年越しになってしまったけれど、森准教授を訪ね、研究についてのお話を伺わせていただくことにした。

ヤマカガシの独特な防衛行動

 森准教授のもとでは、現在、3つの主要なプロジェクトが進められている。
 もっとも注力されているのは、ヤマカガシの頸腺に関する研究である。
 ヤマカガシは、後牙類と総称される一群に含まれる毒ヘビで、口の中に毒牙と毒腺を持っているが、それ以外に、「頸腺」と呼ばれる毒を貯める器官を首の背側に持っている。これは、ヘビの中でも、ヤマカガシに近縁の十数種しか持たない特殊な器官である。それがどのように進化してきたのか、含まれる毒の組成はどのようなものなのか、どんな風に機能しているのか、どのような影響をヘビの行動に与えているか、というようなことを、森准教授は明らかにしようとしている。
「頸腺の存在自体は、昔から知られていました。でも、頸腺に関する研究は、その後あまりなかったんですね。30年くらい前になって、その成分が、ヒキガエルの持っている毒、いわゆるガマ毒とまったく同じ、あるいは同じグループに属するものだということが、化学者の手によって明らかになりました。一方で、通常は捕食者が食べない、食べても死んでしまうヒキガエルを、ヤマカガシは好んで食べることが観察によってわかっていた。ということは、ヒキガエルを食べることによって、その毒を取り入れ、頸腺の毒として利用していると考えられる。それを証明しようということで、20年前から研究を始めました」
 そのためには、胚の発生過程で頸腺がどのように発達してくるのか、という発生学的なアプローチも必要になるし、成分を分析するためには化学的アプローチが必要になる。そこで、内外の研究者と協力しながら、研究はすすめられてきた。
「まずやったのは、妊娠しているヤマカガシを捕まえてきて卵を産ませて、孵った子ヘビの頸腺に毒があるのかどうかを調べる、ということです。もしヒキガエルを食べてその毒を取り入れているのだとしたら、生まれたての子ヘビには毒がないと考えられますから。で、その次に、子ヘビたちを、餌としてヒキガエルを与えるグループ、他のカエルを与えるグループ、魚を与えるグループ、のようにグループに分けて何ヶ月か育て、頸腺に毒が出てくるかを調べました。そうすると、やはり、ヒキガエルを与えたグループだけ、頸腺に毒を持つようになることがわかったんです」
 この実験によって、頸腺の毒は餌のヒキガエルに由来することが明らかになった。
 となると気になるのは、ヒキガエルを食べられる環境と食べられない環境とでは、ヤマカガシの行動に違いが出てくるのか、ということだ。
 他のヘビにはないヤマカガシ独特の防御行動として、首筋を外敵に向けて突き出す、さらには――咬みつくのではなく――首筋を外敵に打ちつけるというものがある。これは、頸腺に毒があるからこそ防御として意味を持つ行動であって、頸腺に毒がなければ、むしろ外敵に急所を晒す愚策となってしまう。ならば、ヒキガエルを食べられず、従って頸腺に毒を持つことができないヤマカガシは、毒を持っているヤマカガシとは異なる行動をとるのではないかと考えられる。
 そこで森准教授は、宮城県沖の金華山という島に生息する個体群に目をつけた。金華山には、ヤマカガシは分布しているがヒキガエルは分布していない。研究対象としてうってつけの存在だったのだ。
「金華山の個体を捕まえてきて調べてみると、やはり成体でも頸腺に毒を持っていないことがわかりました。行動についても、首筋を見せるという行動は、少しはするけれど、本土の個体に比べて圧倒的に少なかったんです。逃げる、あるいは胴体を広げて威嚇するというような個体がほとんどでした」
 興味深いのは、金華山生まれの子ヘビでも、ヒキガエルを餌にして育てると、次第に首筋を突き出す行動をし始める傾向がある、という実験結果が得られていることだ。本土の子ヘビも、ヒキガエルを食べ、頸腺毒が蓄積されてくるに連れ、首筋を突き出す行動が増えるという結果が得られている。これらの結果は、現時点では十分に信頼できるレベルではないが、信頼するとすれば、「毒が溜まってきた」ことをヘビ自身が感知するメカニズムがあること、それが金華山の個体群でも未だ失われていないことが示唆されると、森准教授は言う。
 さらに、研究を進める中で、予想外の発見もあった。ヒキガエルから毒を取り入れている以上、生まれたての子ヘビには頸腺に毒がないはずなのに、ときおり毒のある子ヘビが見つかったのだ。
「どうしてだろう、と調べてみたところ、母親自身がすでに十分な頸腺毒を持っているか、妊娠中にヒキガエルを食べると、その毒を卵にまわせる、ということがわかりました」
 野外で調査してみても、ヒキガエルの多い地域、つまり母親がたくさんのヒキガエルを食べることのできる地域では、他の地域と比べて、母親自身の頸腺毒量も多く、生まれた時から頸腺毒を持つ子ヘビの割合も多かったそうである。
「そうなると、当然子どもは、生まれた時から毒を持っていた方が、生存上有利ということになります。母親にしても、子どもに毒をまわせれば、子どもの生存率を上げることができますから、ヒキガエルをたくさん食べているのではないかと予測ができます。そこで、それを、前にいた大学院生に調べてもらいました」
 調べた方法のひとつは、Y字型の実験装置の一方にヒキガエルの匂いを、もう一方に別のカエルの匂いをつけ、ヤマカガシがどちらの匂いを辿って移動するか記録する、というものだ。その結果、妊娠中の個体は、そうでない個体に比べて、よりヒキガエルの匂いに引きつけられるということがわかった。
 野外でも、電波発信機をとりつけて行動を追跡したところ、妊娠しているメスの多くは、ヒキガエルが比較的多くいる場所に、遠距離であっても移動する傾向のあることがわかってきた。予測の通り、ヤマカガシの母親は、子どもの生存率を上げるために、積極的にヒキガエルを食べているようなのだ。
 こうしてみるとヤマカガシにとってヒキガエルは、単なる餌以上の存在であるように思えてくる。このような関係がどのようにして進化してきたのかなど、興味の尽きない研究である。

ヒメハブの不思議な生態

 2つ目のプロジェクトは、沖縄島のヒメハブの生態調査である。
「沖縄島のやんばるに、リュウキュウアカガエルと、ハナサキガエルという、冬場に繁殖するカエルがいるんですね。どうもそれを狙って、ヒメハブが集まってくるらしいということを、自然愛好家の方々から伺っていました。それが本当なのか調べようと思ったのがはじまりですね」
 亜熱帯に属する沖縄とはいえ、冬は寒い。だから、冬の間、爬虫類はあまり活動しない。それなのに、ヒメハブは冬場に繁殖するカエルを食べにくる。本当だとしたら、とても変わった生態だと言える。
「リュウキュウアカガエルは12月、ハナサキガエルは1~2月に繁殖します。そこで、まずは、その時期にカエルの繁殖場所にヒメハブがいるのか、ということを調べました。すると、愛好家の方のお話の通り、確かにいることはわかりました」
 とはいえ、それだけでは「ヒメハブは1年中そこに住んでいて、たまたまカエルが来るから食べている」のか、「カエルが繁殖に集まるのを見計らって他の場所からやってくる」のかはわからない。そこで、森准教授はここでも発信機を用い、ヒメハブの動きを追跡した。
 その結果、確かに、カエルの繁殖する時期にだけ、ヒメハブがその場所にやってくることがわかったという。
「夏の間は、山の尾根付近に潜んでいて、秋になると、リュウキュウアカガエルの繁殖が始まるより少し早く山から降りて繁殖場所に待機しているようです。12月にリュウキュウアカガエルの繁殖が終わると、今度はハナサキガエルの繁殖場所に移動して、そこでカエルを待っている。ハナサキガエルの繁殖が終わって数週間すると、再び尾根に戻っていく。1年を通じて、そういう生活をしているらしいということがわかりました」
 リュウキュウアカガエルもハナサキガエルも、「爆発的繁殖」と呼ばれる繁殖様式を持つ。1年のうちほんの数日だけ、ハナサキガエルならば10m四方くらいの極めて限定された場所に集まり、一斉に繁殖をして散っていく。ヒメハブは、その時期と場所をきちんと把握して、それに合わせて行動しているようなのだ。
 でも、どうやって? おそらくは学習によって、カエルの繁殖場所を記憶しているのではないかというのが、森准教授の考えである。
「僕らが調べたフィールドには、ハナサキガエルの大きな繁殖場所が2つ、250mくらい離れて存在しています。ヒメハブの行動を調べてみると、あるヒメハブは、毎年一方の繁殖場所――Aとしましょうか――にだけ行って、もう一方には行かない。別のヒメハブはBの方にしか行かない。だから、一度覚えたら、ずっとそこに行くようになってるんじゃないかと思われます」
 他のヘビが活動しない寒い冬にわざわざ活動し、ヤモリやトカゲも餌にできるのに繁殖場所を記憶さえしてカエルを狙う。こうしてみると、やんばるのヒメハブは、ヤマカガシとヒキガエルの関係のように、リュウキュウアカガエルやハナサキガエルとの間に、強い関係を結んできたように思えてくる。森准教授によれば、亜熱帯に生息しているにも関わらず、ヒメハブは他のヘビに比べて低い温度に適応しているそうなのだが、ひょっとしてそのような性質も、カエルとの関係の中で育まれてきたものなのだろうか?
「それは興味のあるところではありますが、現時点ではなんとも言えませんね。ヒメハブは、近縁種が台湾などにいるんですが、けっこう標高の高い場所に生息しているんです。だから、やんばるのヒメハブが、カエルを食べるために特に低温に適応するようになったのか、それとも、もともと祖先が高地に生息していて寒さに強かったから、結果として冬にカエルが食べることができているのかは、まだわかりません」
 そのあたりの解明には、地域ごとのヒメハブの系統関係の把握や、低温に対する耐性の強さの比較が必要になるだろう。たとえば、祖先が持っていた低温耐性を、冬に餌の捕れない他の地域の個体群が捨てていく中で、やんばるのヒメハブだけが、カエルを捕るために保持し続けているとしたら、それはそれでとてもおもしろいストーリーのように思える。続報の気になる研究だ。

トカゲの「盗聴」

 これら2つの研究に加え、現在森准教授は、マダガスカルの生物相を解明するためのプロジェクトに、爬虫類担当として参加されている。
「もともとは、鳥類の研究者の方が、マダガスカルの熱帯乾燥林に生息している鳥類の調査を始めたのが発端なんですね。そこには、非常にたくさんの種が1ヶ所に棲んでいる。鳥だけでも80種くらいいるわけです。そこで、陸上脊椎動物の研究者同士で協力して、そこに棲んでいる動物の関係性とか、そういうものを調べてみようということになったんです」
 それが、17年前のこと。しかし、現在でも新種が続々と見つかるような場所である。その当時には、そもそもどんな動物がそこに生息しているのかさえ、よくわかっていなかった。そこでまずは、どんな動物がそこに棲んでいるのかを調べるところから、研究は始まった。
「調べていくと、特に数の多い種というのがわかってきます。たとえばヒルヤモリやカメレオンの仲間。それらについては、大学院生たちにも協力してもらいながら、種を絞って詳しい生態を調べ、でも一方では、見つかる爬虫類は全部捕まえて記録していく、ということを続けていきました」
 森准教授自身が主にターゲットにしたのはやはりヘビの仲間。調査地で確認された20種のヘビについて、食性を調べていったという。
「すると、それらのヘビが、いわゆる食いわけをしていることがわかってきました。トカゲ食、カエル食、哺乳類食、というように専門食化している種がいる一方で、なんでも食べるジェネラリストもいるんですがそれも含めて、うまく食いわけをしている。また、細かい環境の差異の中でうまく住みわけをしていることもわかってきました」
 大学院生にやってもらったヒルヤモリの調査では、その社会性行動に注目した。
「トカゲは全般的に、夜行性か昼行性かで、どんな社会行動をとるか、また、五感のうちどれに頼っているかというのが違ってきます。昼行性の種は、やっぱり視覚に頼っている。そのため、特にキノボリトカゲやイグアナのように樹上性の種は、オスが縄張りを持って、互いに視覚的なディスプレイを行うことでその縄張りを主張しあうような行動が進化してきました。一方で夜行性のヤモリは、同じように木に登っても、あまりそういう行動はとりません。はっきりした縄張りも持たない」
 では、もともと夜行性の祖先から、再び昼間活動するように進化してきたヒルヤモリはどうなのか。
「調べてみると、やっぱり、普通のヤモリより多く、イグアナのような視覚的なディスプレイを行っていることがわかりました。また、縄張りを持つ傾向も認められましたね」
 活動時間帯の変化は、行動にも影響を与えているらしいというわけだ。一度夜行性になったヤモリが、再び昼行性に戻っても、視覚的ディスプレイを失っていないということは、その行動は、トカゲ類のシステムに深く刻み込まれたものなのだろうか。
 カメレオンの調査からわかったのは、彼らが生態系の中で担う、脊椎動物としては特殊な役割である。
「飼ってる人の間でも、カメレオンは早死と言われていますが、飼育下だからというわけではなくて、野外でも、1年くらいで死んでしまうものが珍しくないんですよ。すごい速度で卵から親まで育って、1年くらいで成熟して卵を産んで死んでしまう。そういう、昆虫みたいな生き方をしている種が少なからずいます。産卵数も多くて、体長が20cmないような種でも数十個産んだりするんで、ちっちゃいカメレオンがある時期、いっぱい出てくるんです。それが、どんどん他のヘビとか鳥とかに食べられて減っていく。逆に言えば、その森の重要な餌資源のひとつとなっているわけで、その点でも、昆虫っぽい生き方をしているんです」
 爬虫類というと、代謝が低いためか、トカゲモドキのように小さな種でも10年以上生きるものが少なくない。その中にあって、1年で世代交代をすることを選んだカメレオンは、かなり変わった動物であると言えるかもしれない。外観の奇抜さについ注目しがちだけれど、その生態もまた「へんないきもの」であるわけなのだ。
 では、プロジェクト全体の目標である、群集の種間関係については、どのようなことがわかってきたのだろうか。
「トカゲの仲間は全般的に、しっかりとした耳を持っていますよね。生理学的に調べても、聴覚はけっこう発達していることがわかっています。でも、トカゲ同士が音声コミュニケーションをとる例はとても少ない。ヤモリの仲間には、トッケイやホオグロヤモリみたいに鳴くものがいますけど、ヤモリ以外のトカゲの仲間で、音声コミュニケーションするようなものはほとんどいません。じゃあ、なんのためにトカゲはその耳を持っているのか。それは、あまり調べられてなかったんですね。
 そこで、マダガスカルでは“盗聴”という行動について調べたんです」
 鳥やサルの仲間には、猛禽などの捕食者を発見したときに、警戒音を発するものがいる。外敵を見つけた個体が警戒音を発すると、それを聞いた群れ全体が、隠れたり、逃げたり、あるいは徒党を組んで外敵を追い払ったりするのだ。そして、たとえばサルの中には、鳥の発した警戒音を聞いて、自らも退避行動をとるようなものがいる。他種の発した情報を盗み聞きして反応するということで、このような行動を日本語では「盗聴」と呼んでいる。
 これを、トカゲもしているのではないか、と森准教授は仮説を立て、検証したのである。
「小型の鳥類と、トカゲの仲間は捕食者がわりと共通しています。だから、鳥の警戒音を聞いて自分も警戒すれば、得をする。そこで、マダガスカルにはマダガスカルサンコウチョウという警戒音を発する鳥がいるのですが、その声を聞いてトカゲ類がどんな反応をするのかを調べました。すると、全然系統の違う3種のトカゲ――コーチヒルヤモリ、キュビエブキオトカゲ、ヒラタオオカタトカゲ――で、盗聴をしているのではないか、という結果が得られたんです」
 行われたのは、これらのトカゲにマダガスカルサンコウチョウの通常のさえずりと警戒音をそれぞれ聞かせ、その反応を比較するという実験だ。その結果、さえずりに対してトカゲたちはほとんど反応しないが、警戒音に対しては、きょろきょろと周りを見回し、ヒルヤモリでは、緑色から目立ちにくい褐色へ色が変わることがわかったという。
 コミュニケーションには使われないトカゲの聴覚は、代わりに、外界の危険を察知するための鋭敏な観測機として活用されている、可能性があるというわけだ。
 この発見は、「トカゲ」を見るのではなく、「トカゲの鳥の関係性」に目を向けることによって、得られたものである。トカゲだけを見ていても、トカゲのことはわからない。そのことをよく示す実験だと思う。

頸腺はどこから来たのか

 以上が、現在森准教授のもとで行われている研究の概要である。いずれも、爬虫類と他の動物との種間関係に着目した、大変興味深い内容だ。
 これらの研究は、今後はどのような方向に向かっていくのだろうか。
「ヤマカガシに関しては、ひとつは生理的な研究ですね。ヒキガエルから取り入れた毒が、どのようにして頸腺に蓄積されるのか、そのシステムを明らかにしたいと思っています。もうひとつは、頸腺を持っている別種のヘビも、ヤマカガシと同じような行動をとっているのかっていうのを、中国やベトナムの研究者と共同で調べています」
 たとえば中国には、頸腺毒を持っているけれども、ヒキガエルを食べないとされているヘビがいる。論文はないが、現地の図鑑に、ミミズなどを食べると書いてある。調べてみると、頸腺毒は確かにあるし、なるほど、ヒキガエルをそれほど食べている様子はない。では、主食だというミミズから毒を取り入れているのか調べてみると、少なくとも調べたミミズからは毒は検出されない。では、そのヘビの毒の由来はなんなのか、というのをまさに現在進行形で調べているそうである。
「それから、頸腺と同じものが胴体の背側全体に分布しているヘビがいます。全体にあるので頸背腺とこの場合は呼ぶんですが、そういうヘビでは、防御行動がヤマカガシと違うのか、っていうのも、調べているところですね」
 さらに、頸腺そのものの由来というのも、今追いかけているところであるという。
「頸腺って、“腺”という名前はついていますが、いわゆる分泌腺とは構造が違うんですよね。普通、分泌腺には液体を体外へ送り出すための導管がついているのですが、頸腺にはそれがありません。導管から毒が出るのではなく、頸腺自体が潰れて毒が飛び出るようになっているんです」
 発生学的な由来も、頸腺は通常の分泌腺とは異なるそうだ。
 受精卵が細胞分裂を始め、赤ちゃんとして生まれてくるまでの間の状態を「胚」と呼ぶ。この胚は、成長の初期に、大きく3つのパーツに分化する。皮膚など体の外側を覆う器官のもとになる「外胚葉」、消化管などのもとになる「内胚葉」、血管や骨など、通常外界に触れない部分の器官のもとになる「中胚葉」の3つだ。陸上脊椎動物の一般的な皮膚腺は、この3つのうち、外胚葉から作られる。消化液の分泌を担うのは内胚葉由来の細胞だ。しかし、頸腺は、そのどちらでもなく、中胚葉から作られるのだ。とすると、頸腺は、別の分泌腺が変化して生まれたのではなく、「腺」ではなかったまったく別の組織から作られてきた可能性があることになる。それは何か。そして、いつ、どのようにしてその変化が、限られたヘビだけに起こったのか。森准教授はそのあたりも調べているのである。
 このように、今のところは、ヤマカガシに比重を置いて研究が進められている。ヒメハブの方は、現状はやや下火であるということだ。けれど、研究テーマを断捨離しているわけではなく、おもしろそうなことがあれば手を出していきたい、と森准教授は語った。
 最後にお決まりの、研究者を志す人へのアドバイスを伺ってみる。
「そうですね。僕らの場合はとくに行動学、生態学なので、対象となる生き物をまず“見て”こういう研究をしたい、というふうに考えてほしいな、と思います。本とか、論文とかを読んでテーマを探すのではなくて、たとえばヘビが好きなら、シマヘビでもアオダイショウでも、よく観察して、ここが不思議だな、というところを見つけだして、そこから研究を始めて欲しい。
 学問、というと、どうしても堅いイメージがあるのか、最新の論文を読んでそこからテーマを、という風になりがちなんですけれども、こう言ってはあれですが行動学というのは、最初の動機で言ったら、小学生の夏休みの自由研究と変わらなかったりするものなので。でも、そういう純粋な“不思議”というのがとても大事なんですよ。
 もちろん、不思議に思って調べたら、もう答えが出ていた、ということもあります。でも、まだ答えが出ていなければ、それを追究した方が、他の人が聞いてもおもしろい研究になるはず。自分がほんとうにおもしろいと思っていないと、やっぱり人には伝わらないですからね」
 森准教授自身、昔からヘビが好きで、学部生の頃100匹以上のヘビを自宅で飼っていて、だからヘビの研究を始めたという経歴を持っている。論文を読み、情報を集めることももちろん大事なことだけれど、情報に惑わされず、自分の目を、感覚を信じる、ということも大事なのかもしれない。ヘビはなかなか野外調査も難しく、研究者も少ないのだそうだけれど、ヘビが好きだ、という気持ちがあれば、思い切って飛び込んでみるのもよいのではないだろうか。

 1時間弱という短い時間ではあったけれど、森准教授からは、わくわくするようなお話をたくさん伺うことができた。人がヘビを警戒するのはそういう風に進化してきたからだ、というのは与太話ではなく、信頼できる実験結果によって支持されているところのものではあるから、せめて、知的好奇心くらいはくすぐれぬものかと、ヘビ好きとしては考えたりするわけだが、まさにうってつけのお話をしてくださった森准教授には感謝申し上げたい。そのおもしろさが、うまく伝えられていればいいなと思う。
 これを読んで、ヘビっておもしろいなぁと、感じてくれる人がいれば本望だ。
 ね、おもしろいでしょ、ヘビだって。

1986年生まれ。幼少期より生き物と戯れて育つ。2011年、東京農工大学農学部獣医学科卒業。同年より小動物臨床に従事。在学中から、WordPressを利用してブログを書き始める。ニシアフリカトカゲモドキと出会った2014年に内容を一新、爬虫類ブログ「とかげもどきのしっぽ。」を立ち上げ、現在に至る。ニシアフリカトカゲモドキをはじめ、多くの爬虫類と暮らしている。

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