「生きている」とはどういうことか。

      2016/05/09

 「ウイルス」という言葉の語源は、ラテン語で「毒」を意味する言葉なのだそうである。
 天然痘にスペイン風邪、エイズ、エボラ出血熱、SARSにMERS、SFTS……。有史以来現在に至るまで、世界中で様々なウイルス性疾患が人々の命を奪ってきた歴史を見れば、なるほど確かに、それらを引き起こす張本人を「毒」と総称するのも無理からぬことかもしれない。
 細胞に入り込み、増殖し、人体に様々なエラーを引き起こすウイルスたちは、長らく、人類を脅かす「敵」として認識されてきた。
 そんなウイルスが、実は、生命の進化に、ヒトがヒトとして生きていくために不可欠の存在であるとしたら、みなさんはどのように思われるだろうか。
 ヒトは、母親の子宮の中で胎児を育てる。このとき、母親の免疫系による攻撃から胎児を守っているのが、合胞体性絨毛膜と呼ばれる構造だ。たくさんの細胞が互いに融合しあって1枚の膜になったこの構造は、胎盤の表面で、胎児と母体を隔て、免疫細胞が胎児の方へ入り込むのを防ぐ壁としてはたらいている。これがあるおかげで、胎児は子宮の中ですくすくと育つことができる。
 まさに、ヒトを含む有胎盤類が有胎盤類であるための要といえるような構造だが、これを形成するために必要なシンシチンと呼ばれる蛋白質をコードする遺伝子は、実はウイルスに由来するものなのだ。
 エイズウイルスを含むレトロウイルスと呼ばれるグループのウイルスは、envと呼ばれる蛋白質を持っている。これは、ウイルス粒子を包み込む「エンベロープ」と呼ばれる脂質膜構造に突き刺さるように存在している蛋白質で、これを用いて、レトロウイルスは自らのエンベロープと宿主の細胞膜を融合させ、細胞内に侵入してくる。シンシチンの起源は、このenv蛋白質だとされている。レトロウイルスは宿主に感染すると、自らの遺伝子を宿主のゲノムの中に組み込む性質を持つ。そうしてゲノムに組み込まれたenv遺伝子を、宿主の側がまるで自分のものであるかのように借用することで、合胞体絨毛膜は誕生した。ウイルスが自分のエンベロープと宿主の細胞膜を融合させる、そのシステムを流用して、我々は自らの細胞同士を融合させ、赤ちゃんを守るための防護壁を作っているのだ。
 それだけではない。ヒトが持つ遺伝情報ほ総体を「ヒトゲノム」と呼ぶが、このうちの45%が、ウイルスの遺伝子や、それに近い存在とされている「転移因子」と呼ばれる配列によって占められていることが明らかになっている。言ってしまえば私たちの体は、たくさんのウイルスたちとの混合体なのである。
 こうしてみると、ウイルスというものが、「毒」と総括するにはあまりに我々に馴染んでいることがわかるだろう。
 では、ヒトとはいったいなんなのか。逆に、ウイルスとはいったいなんなのか。突き詰めて考えてみると、「彼」と「我」として簡単に線を引くことの難しさに気付かされる。我々とウイルスたちとの境界線は、いったいどこにあるのだろう。ゲノムの45%に含まれるウイルスたちは、果たして「私」なのだろうか。それとも「彼ら」なのだろうか。
 さらに突き詰めれば、「生きている」ということ、「生き物である」ということの定義にも、曖昧さが付きまとうことがわかってくる。ウイルスは生物ではない、なぜなら、宿主の合成系を借りなければ、増殖することができないからだと、教科書には書いてある。しかし、それを言うなら、ウイルスの遺伝子を借りなければ増殖することができない(胎盤を形成することができない)ヒトも、生物とは言えないということになりはしないか。
 もちろん、ヒトとウイルスとはあまりに隔たっている。しかし、細菌とウイルスとを比べてみたらどうだろうか。宿主の細胞の中でなければ増えることのできない細菌はいくらでもいる。遺伝子量で大型ウイルスに負けるものすらある。それらを生物と呼び、ウイルスを非生物と呼ぶ根拠は、いったいどこにあるのだろう。
 ウイルスを主人公に据え、ひたすら、そんな問いに向き合っているのが、中屋敷均著『ウイルスは生きている』(講談社現代新書)である。著者は、植物や糸状菌のウイルス・転移因子の研究を専門とし、神戸大学大学院農学研究科で教授を務める人物だ。
 本書を読むと、「生きている」という現象の、「生物」という存在の、奥深さ、幅広さ、そして曖昧さがよくわかる。生命現象の巧妙さに舌を巻く段階を超えて、いささか哲学的な気分にさえなるかもしれない。「大学に入ると、生物学は化学に、化学は物理学に、物理学は数学に、数学は哲学に、そして哲学は生物学になる」と言われるように、生物学と哲学は隣接している。そのことが身に沁みる1冊である。
 かつて手塚治虫は、非人間であるロボットを主人公に据えることで逆説的に「人間とは何か」を描こうとし、不死なる存在を描くことで逆説的に「生とはなにか」を描こうとした。「生物ではない」とされているウイルスを考究の入り口に据えた本書は、あるいは手塚の系譜に連なるもの、と言えるかもしれない。
 それほど長い本ではない。通勤・通学鞄の中にでも忍ばせて、生命の神秘に、触れてみてはいかがだろうか。

1986年生まれ。幼少期より生き物と戯れて育つ。2011年、東京農工大学農学部獣医学科卒業。同年より小動物臨床に従事。在学中から、WordPressを利用してブログを書き始める。ニシアフリカトカゲモドキと出会った2014年に内容を一新、爬虫類ブログ「とかげもどきのしっぽ。」を立ち上げ、現在に至る。ニシアフリカトカゲモドキをはじめ、多くの爬虫類と暮らしている。

 - 自然の本