電車で読書習慣。

   

 私の新しい勤め先は、東京都内にある。
 船橋の自宅から勤め先までは、当然、電車で通っている。
 揺られている時間は、おおむね40分ほどというところだろうか。
 毎日電車に乗る生活は、ずいぶんと久しぶりだ。
 大学を卒業してから、私はずっと、職住近接型の生活を送ってきた。動物病院で働いていた頃は、病院まで車で10分以内の場所に住んでいた。
 電車になんて、レジャーに出かけるときくらいしか乗らなかった。Suicaが凍結されるくらい、電車に縁のない暮らしをしてきた。
 だから、毎朝駅まで歩いて、電車に乗る生活を、今はちょっと新鮮に感じていたりする。
 もっとも、大学3年生までは、実家から大学まで電車通学していたのだけれども。
 ともあれ、電車通勤をはじめたことで、私の生活には変化が訪れた。
 日常的な読書習慣が復活したのである。
 動物病院に勤めている間、私はあまり本を読まなかった。
 それでも、平均に比べたら読んでいたとは思うけれども、学生時代と比べたら、めっきり読書量が減っていた。
 もちろん肉体労働による疲労もあっただろうが、休みの日にも本を読まなくなったのだから、読書したいという欲求自体が、減衰していたのだろうと考えられる。本屋にはよく行ったし、それなりに買いもしていたけれど、そのほとんどが、積ん読のままになっていた。
 家にいるときは、スマホをいじりながらぼーっとテレビを観て、それで満足してしまい、なかなか本に手を伸ばす気持ちになれなかったのである。
 むろん、崇拝している村上春樹の新刊が出るようなときには、即座に買って即座に読んだ。
 でも、ひょっとしたらハズレかもしれない作品を読み始めることが、どうしてもできなかった。
 小説を読むとき、いちばんのハードルとなるのは、序盤の十数ページだ。
 主人公がどんな人間なのか。どんな登場人物が現れるのか。どんな町が舞台なのか。作品に没入するためには、まずそのような基本的な情報を確認し、頭の中にひとつの世界を作らないといけない。それが済んで、自分の中で物語が動き出すと、もう禁じられたとしてもページを繰る手を止められない状態になるのだけれど、それが済むまでは、まるで試験前に教科書を読むようなめんどうくささが、うっすらと付きまとうことになる。とくにそれまで読んだことのない作家が相手の場合は、その文体に体を慣らす、という工程も必要だ。
 これまでは、それを乗り越えるための気力が、なかなか出なかったのである。
 だから本を読むことができなかった。
 電車通勤をはじめたことで、それが変わった。
 電車の中では、読書のほかにすることがない。
 Twitterは、テレビのような「外部素材」をネタ元として併用するのでなければ、長時間食いついていることの難しい娯楽だ。通勤時間帯なんて、タイムラインはほとんど動かない。
 facebookにはなおさら見るところがない。
 総武快速線は途中からそこらの地下鉄よりも深いところに潜るから、動画も観れたものではない。
 となると、選択肢は本しかなくなる。
 時間を潰そうと思ったら、否が応でも本を読まざるをえない。
 と、電車に乗っているその数十分の間に、さっき書いた、「本に没入するための最初のハードル」を超えてしまうことになる。
 そうなると、帰宅してからも、続きが気になって本に手を伸ばすようになる。
 結果、読書週間が復活したわけなのである。
 こうしてみると、電車のおかげで、私は本を読むことができているのではないか、と思えてくる。
 思い返してみれば、私がトルストイやドストエフスキーといった作家の重厚な作品を読破したのも、実家から大学まで2時間かけて通っていた大学1~2年生のときだった。
 学生時代の後半、授業のはじまる15分くらい前に起きて大学に行くような生活をしているときには、そんな重たいものを読もうとは、ちっとも思わなかった。長いものは、『1Q84』くらいしか読んでないんじゃないかと思う。
 子どもの頃から文章を読むのは好きなことではあったけれど、それでも読書体験を積み重ねることができたのは、電車に乗って運ばれる時間があったからこそなのかもしれない。
 そのおかげで、それなりに文章力がついて、こんなささやかなブログを書いていても、ときどき文章を褒められるようになった。
 とすれば、片道2時間の通学時間も、あながち無駄ではなかった、ということになる。
 学生の頃は、なかなか一人暮らしを許してくれない両親を恨めしく思ったものだったが、今は、感謝したい気持ちでいっぱいである。

1986年生まれ。幼少期より生き物と戯れて育つ。2011年、東京農工大学農学部獣医学科卒業。同年より小動物臨床に従事。在学中から、WordPressを利用してブログを書き始める。ニシアフリカトカゲモドキと出会った2014年に内容を一新、爬虫類ブログ「とかげもどきのしっぽ。」を立ち上げ、現在に至る。ニシアフリカトカゲモドキをはじめ、多くの爬虫類と暮らしている。

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