動物は内緒で飼わない。

      2016/04/27

​ なにか動物を飼いたいティーンエイジャーにまず言うことがあるとすれば、それは、飼い始める前には必ず家族の了承を得なければだめだよ、ということである。
 無断で、あるいは内緒で、動物を飼い始めるようなことはしないほうがいい。
 私自身、中学生の頃には、親に隠して動物を飼っていたことがあるから、あまり強いことは言えないのだが、それでも、心するようにして欲しいと思っている。
 内緒で動物を飼って、いいことなんてひとつもないからだ。
 ひとつ体験談を話す。
 あるとき、私は熱帯魚屋の店先で、ミナミイボイモリというイモリの仲間に一目惚れした。3歳児が粘土で作った温水洋一みたいな顔をした両生類で、お世辞にも美しいとは言えなかったが、それでも一目惚れした。若かったからだろう。有尾類なら、たぶんなんでもよかったのだ。私は、衝動的にそのミナミイボイモリを買い、家路についた。
 問題は、親にどう説明するかということだった。実はその少し前に、私はスポットサラマンダーを買ったばかりだったのだ。比較的、子どものすることに寛容な親ではあったが、こうも矢継ぎ早に生き物を連れて帰れば、いいかげんにしろと叱られるおそれがあった。叱られるだけならいいが、強制送還の憂き目にあってはたまらない。そのリスクを重く見た私は、話せば通じる可能性があったにも関わらず、親に内緒で、それを家に持ち込むことを選んだ。
 鞄の中にイモリを隠し、子ども部屋に入る。そして、見つからないように箱型になった学習机の下にプラケースを設置して、イモリを入れた。緊張で心臓が口から飛び出そうだったことを覚えている。
 一度自室に持ち込んでしまっても、安心かといえばそんなことはない。当時住んでいたのは会社の社宅で部屋数が少なく、私は弟と相部屋だったうえに両親の布団や衣服も、すべてそこにしまわれていたからだ。弟の目があり、かつ、日常的に両親が踏み入ってくる体制のもと、内緒で生き物を飼うのは至難の技だった。弟にくらいばれても、と思うかもしれないが、弟の口の固さを私はまったく信じていなかった。私はわずかな隙をついてケージを洗い、餌を与えた。それでも、挙動不審に映ることは 避けられなかった。
 そして、そのような綱渡り的な飼育は、否応なくミスを招き寄せる。掃除をしている最中に誰かが部屋に入ってくれば、きちんとプラケースの蓋が閉めたかどうか確認する間もなく、その場を離れなければならない。そんなことを繰り返しているのだから、脱走させるなというほうが無理な話だ。
 そう、私は、飼い始めて数日で、イボイモリの脱走を許した。
 空っぽのプラケースを発見したときの、背筋の凍るような思いは筆舌に尽くしがたい。
イモリのミイラ化もさることながら、私が怯えたのは、それを家族の誰かが先に発見することだった。見るからに舶来ものの風態、そうでなくても、海辺の埋め立て地に建った社宅の3階にイモリが現れることなどありえない。誰かが持ち込んだことは一目瞭然だ。見つかった瞬間、犯人探しが始まるのは火を見るよりも明らかだった。開始数秒で解決する犯人探しが。
 私は、必死の探索を試みた。しかし、もとよりすべてを内密にしていた飼育だ。探索もまた、家族の目を盗んで行わなければならなかった。探索行動を怪しまれて、追及されては意味がない。それは、ほとんどろくな探索ができないことを意味していた。当然である。誰にも怪しまれずに逃げたイモリを探すことができるなら、そもそも逃がすような事態にはなっていない。
 探索は進まないまま、時間だけが過ぎていく。
 本来ならば、この時点ですべて打ちあけるべきだったのだろう。しかし叱責を恐れたヘタレな私は、どうしても言い出すことができなかった。
 だが、いずれにしろ猶予はそれほど長くはない。私は焦りを募らせた。
 できることなら、誰にも気取られずに発見したい……。
 しかし、もちろん、世の中そう甘くはないのだった。
 ある日、母親の気配を伺いながらベッドの下を探していた私の耳に、「なんじゃこりゃ」という声が届いた。
 まさかと思いダイニングに駆けつけると、しゃがみこんだ母親の足元に、埃まみれのイボイモリが這っていた。
 終わった、と私は思った。
「この子は、どこから来たんだ」
 母親がつぶやく。
 私は黙っていた。
「絶対、人に飼われてたよね」
 私は黙っていた。
「お隣さんとかから逃げてきたのかな」
 この時点で、母親はちらと私を見た。だめだ。すべてお見通しだ。
「ねぇ?」
「そ、そうだね……」
 どもりながら、私は言った。ことここに至っても、自白することのできないチキンな私。
 母親が、ふぅ、とため息をつくのが聞こえた。
「しょうがない。どこから来たのかわからないけど、このままにはできないし、とりあえずうちで面倒をみよう」
「え」
「あんた、世話しなさい」
「……はい」
 私は、一度も母親と目を合わせることができないまま、イボイモリを受け取った。
 その後、直接叱責を受けることはなかったが、母親からの無言のプレッシャーにより、10年は寿命が縮む思いで私は日々を過ごすことになった。
 私の寿命が縮むような経験は1度や2度ではすまないが(残高がどれくらいあるのかとても心配だ)、これはその中でも最大級のものだと断言できる。あの、薄氷を踏むような毎日は、2度と経験したくはない。
 家族に内緒で動物を飼うというのは、かようにリスキーなことである。
 だから、自分のことを棚上げしてでも、というか、経験者だからこそ、若者たちには忠告したいのである。
 絶対に、内緒で飼うな、と。
 大丈夫。君らの年では10年なんて永遠みたいに感じられるかもしれないが、実際にはあっという間だ。あっという間に、否が応でもみんな大人になる。実に残念なことだが、気づいた時には中年になっている。
 だから、どうしても飼いたい動物は、そうなってから、思う存分飼えばいいのだ。
 何も今、無理をする必要はない。

1986年生まれ。幼少期より生き物と戯れて育つ。2011年、東京農工大学農学部獣医学科卒業。同年より小動物臨床に従事。在学中から、WordPressを利用してブログを書き始める。ニシアフリカトカゲモドキと出会った2014年に内容を一新、爬虫類ブログ「とかげもどきのしっぽ。」を立ち上げ、現在に至る。ニシアフリカトカゲモドキをはじめ、多くの爬虫類と暮らしている。

 - 爬虫類コラム