製薬会社臨床開発部門、富樫樹保さん

      2016/04/27

 とある製薬会社の臨床開発部門に勤める富樫樹保さんは、私の大学の同期でもある。2月に第一子が生まれたばかりでただいま絶賛育児中。インタビューを打診したところ、いい気分転換になるからと快く受けてくれた。インタビューをしたのは、2016年4月16日である。

 仕事内容について、ですか。
 製薬会社には、主に研究、臨床開発、営業、生産等の部門があります。私が所属しているのは臨床開発部門です。ざっくり言うと、「薬を世の中に出す仕事」ですね。もう少し詳しく言うと、厚生労働省の認可を得るために臨床試験をして、データを集める仕事です。研究部門が動物実験などで安全性、有効性を認めた化合物について、臨床試験の計画を立てて実行して、データをまとめます。それをもとに厚生労働省への申請書を作って、提出するんです。
 医薬品は、自分たちがいい薬だと思っても、勝手に売り始めることはできません。だから、売ってもいいですよって許可をもらうために、臨床試験を行うんですね。
 その中でも、私が携わっているのは、臨床試験の計画を立てて実施計画書を作成する部分です。どんな患者さんを対象にするのか、とか、どんなタイミングでどんな検査をするのか、どんな統計手法を使って解析するのか、なぜその手法を使うのか……まあ、最後の部分は統計の専門家が決めるのですが、そういうことを決めて、試験全体のデザインをします。実施計画書は、けっこう分厚いものになりますね。
 計画を立てるときには、現場のニーズであるとか、どんな患者さんを対象にするのか、これは選択除外基準って言うんですが、それが適当であるかとか、検査の方法が適切であるかみたいなことを、現場の医師とやりとりしながらすすめていきます。とはいえ、試験に参加する10施設20施設の全部の医師と話をするわけではなくて、いわばその分野のオーソリティーというか、学問的なバックグラウンドを持っている医師数人と話をしていくわけです。計画が固まって、患者さんを登録する段階になると、すべての施設とやりとりをしていくことになります。これは、別の部署の担当になるのですが、完全に分業ということではなく、お互い協力しつつ対応します。
 今、担当しているのは、アルツハイマー病の薬です。アルツハイマーは、普通の物忘れとかとは違って、脳自体の変性が起こって、認知機能がだんだんと低下してく病気なんですが、その低下するペースを緩やかにする、という薬の臨床試験をしているんです。現状では、認知機能が下がり始めるのをほんの少しの期間先延ばしにする、というタイプの薬はあるのですが、低下を緩やかにするという薬はありません。だからそのような薬が世界中で求められています。ただ、非常に開発は難しいです。
 入社6年目で、どのくらいの仕事に携われるようになるか、ですか。それは……人によりますね。いわゆる“できる”人は責任の重い仕事を任されますし。その逆もしかりです。ただ、段々と試験の計画をたてるリーダーなんかを任され始めるようになります。おおむね、リーダーの補佐的な立場から、ぼちぼちリーダーを任されるようになってくるようなところですね。
 ちなみに最終的なキャリアパスは大きく分けて2通りです。ひとつは、臨床開発部門の中でマネージャいわゆる管理職になっていくこと。もうひとつは、部署をまたいで、研究から臨床開発、営業、生産まで一貫して見る、ある薬のスペシャリストになること。後者は、どの段階でその薬に関われるようになるかっていうタイミングの問題もあるんですが、だいたいこの2つになります。
 この仕事についた理由は、そんなたいしたものではないんですけど、ひとつには海外に行ってみたかったからですね。学生時代に付き合っていた人が、海外に留学して、一時期遠恋をしていたことがあって。その人に会いに行ったのが海外初体験だったぐらいなんですが、いいなぁって。自分も海外で何年か過ごしてみたくなったんですよね。ただ、その時はわりともう国家試験とかも近づいてきていて、受験を遅らせて留学するのもなと思って、就職してから海外に行けるところ、と考えたんです。で、製薬なら可能性高いだろうなって。
 もちろん、海外に行く機会で言うなら、官僚になる方が確実でしょうね。ただ、まあ、官僚は向いてないような気がしたので……。
 製薬の中でも、研究じゃなくて臨床開発に来たのは、大学で卒業研究をしてみて、研究はもういいかなぁって思っちゃったのが理由で。実際入ってみると、こっちでもかなり基礎研究に近い業務に携わったこともあるので結局離れられないなと思うこともあるんですが、選んだ理由はそうでしたね。
 実際入ってみて行けそうかどうかっていうのは、6年目になって、若干可能性が見えてきたかな、というところですね。実際、5~6年目くらいで、早い人だと4年目くらいでチャンスを掴めちゃう人は掴めちゃうかな、というのがあって、自分としても、ゼロじゃないかな、という感じで。ただ、外資って親会社がすでに海外にあるわけですから、内資みたいに、どんどん外に出て行かないといけないってわけでもないんですよね。だから、機会の多さでいえば、内資の方が多いのかも。いずれにせよ、組織のことなので思い通りにいくとは限らないのですが。
 もうひとつは、下世話な話お金ですねぇ。学生時代とか、誰しも貧乏するじゃないですか。その中で、お金に余裕があったら、もっと選択肢も広がるのになと思うところもあって。それで、ある程度収入が保証されているところ、と考えたんです。
 で、最後は……これは性格というかパーソナリティーの問題だと思うんですけど、あんまり小さい組織、たとえば普通の動物病院の規模くらいのところだと、自分は閉塞感を感じちゃうんじゃないかな、と思ったりもしていて。
 ああ、それからもうひとつ。学生の頃からオーケストラの活動をしていて、他学科・他大の人たちとも交流があったこともあるかもしれないですね。獣医学科だと、3年生なんてまだ遊び呆けてる時期ですけど、文系の学生はは就活始める時期じゃないですか。それで、そういう活動をしている人たちを間近で見ていて、いわゆる就活みたいなものにも接点があったっていうのも、企業という選択肢に目が向いた理由です。
 ただまあ、「企業に進む」という点から見れば、私の選択はリスキーだったかもしれません。製薬会社を始め、臨床試験のアウトソーシングを受けてる会社とか、薬の審査機関みたいなところとか、製薬業界全般を狙っていくのではなくて、製薬会社の臨床開発に絞って就活していたわけですから。それはまあ、やっぱり獣医師免許があるから、食いっぱぐれることはないだろうっていう気持ちがあったからですね。それと、まあ、これたいてい冗談だと思われるんですけど、鹿児島行って焼酎作ろう、みたいなこともわりと本気で考えたこともありますね(笑)。
 あんまり意識高い動機がなくてアレなんですけど、でも、今の環境は恵まれてるなと感じています。まわりに優秀な人が多くて、新人もすごいのがどんどん入ってくるので。聞くところによると、転職の理由で多いのが、「自分はここでは成長できない」って思っちゃうことらしいんですね。その点うちは、こんな人たちに囲まれて俺大丈夫かな、って思うこともありますけど、でも、この人たちに付いて行ったら自分も成長できるぞ、って感じられますから。
 でも、業界としての先行きは、なんとも言えません。これから団塊の世代が後期高齢者になっていったら、国民皆保険の制度も見直さざるを得なくなるかもしれないし、それが業界にどう影響してくるか。だから、ハッピーな職場だからどんどんいらっしゃい、とは、ちょっと言い難いですね。
 ただし大きな組織で働く利点はあります。私も2週間の育児休暇がわりとすんなり取得できたりして、大きな組織の方が一般的には福利厚生がしっかりしていると思うので。
 入ってくる人たちは、必ずしも医師や薬剤師ばかりではないですね。農学や理学で修士を取った人とかもいますよ。獣医師も、私を含めてそこそこいます。「ペーパー獣医師の会」みたいな集まりが社内にあったりもします。ただ、いちばん多いのはやっぱり薬学出身者ですね。
 獣医師として存在感を発揮できるかというと……正直、資格があることそのものの強みというのは、今のところ感じられないかも。名刺に書いてあると話のきっかけになるくらいでしょうか?(笑) 仕事としては、資格というよりも、学校で学んできた内容自体が活きる、という感じですね。薬学もそうだし、疫学とかで統計もやるし、そういうのを国家試験を通じて一度ぎゅっと勉強してきたことは、やっぱり役に立っています。基本的な医学生理学の知識がないと、やっぱりキツいですよ。ただ、国際的な仕事をするときには、肩書きが役に立つと思います。海外では医師ほどではないにしろDVM(Doctor of Veterinary Medicine)の重みというのがありますから。
 そもそも獣医師になろうと思った理由……ですか。それは……そうですね、高校生くらいまでは、環境も含めた野生動物に非常に興味があって、人と環境を結びつけて勉強するなら、獣医学がいいだろう、と。
 それがなんで今の仕事に着地したかというと、ひとつは、獣医学科に来ると、すごい人がたくさんいるじゃないですか。それこそ綿貫とか。彼らを見ていたら、「自分の好き」ってたいしたことなかったんだなぁと思ってしまって。
 もうひとつは、オーケストラが楽しかったんですよね(笑)。もともとは小中学校でやってた和太鼓を大学でもできたらなと思ってたんですがそういうサークルはなくて、じゃあ、高校では吹奏楽やってたから吹奏楽か、バイオリンもやってたから管弦楽かと思って見学に行ったら、吹奏楽には女子がいない! それで管弦楽団に入ったんですけど、結果のめり込んじゃって。はじめは海外の国立公園とか行きまくるぞ、と思ってたのに、そんな金も暇もなくなって。大学の管弦楽団だけじゃなくて、プロジェクトGO!っていうインカレ団体にも関わるようになりましたから。どちらもコンマスまでやりました。それが方向転換としては大きかったかな。というのは、オーケストラをやる中で、こう、大きな人数で、大きなプロジェクトを動かしていくっている楽しさに目覚めてしまったところがあって。だったら大きな組織で働いてみようかと思ったんです。で、今に至ると。
 今後の展望……ですか。うーん、まずは、さっきも言ったように海外に行ける見込みも出てきたので、そのチャンスを掴みたいですね。まあ、後は野となれ山となれ。というよりは、舞台が変われば、またいろいろなことを学ぶはずですし、良くも悪くも変わってくるところがあると思うので。後のことは、それから考えればいいのかな、と。ただまあ、転職とかは考えていなくて、今の会社で、できるだけのことをやりたい、と思っていますね。
 学生へのメッセージ? そうですね……やっぱり、獣医の中だけを見てると、どうしても視野が狭くなってしまうと思うので、もっと他の世界もよく見たうえで、職業選択をするのがお薦めです。あとはまあ、月並みですけど、「よく学びよく遊べ」っていうことですかね。勉強についても、机の上でする勉強だけじゃなくて、行動することが大事だと思います。自分から行動を起こして、その反応を見ることで、学べることってたくさんあると思うので。
 ああ、子どもも、獣医にはこだわらなくていいって思ってますよ。むしろ、いろんな世界を見て行って欲しい気持ちがありますから。なんでもいいって言うとアレですけど、自分の好きな道を歩いて行って欲しいですね。

1986年生まれ。幼少期より生き物と戯れて育つ。2011年、東京農工大学農学部獣医学科卒業。同年より小動物臨床に従事。在学中から、WordPressを利用してブログを書き始める。ニシアフリカトカゲモドキと出会った2014年に内容を一新、爬虫類ブログ「とかげもどきのしっぽ。」を立ち上げ、現在に至る。ニシアフリカトカゲモドキをはじめ、多くの爬虫類と暮らしている。

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