雑草で暮らしに潤いを。

      2016/05/08

 村上春樹さんが、『うずまき猫のみつけかた』(新潮文庫)というエッセイ集の中でこんなことを書いている。

 生活の中に個人的な「小確幸」(小さいけれども、確かな幸福)を見出すためには、多かれ少なかれ自己規制みたいなものが必要とされる。たとえば我慢して激しく運動した後に飲むきりきり冷えたビールみたいなもので、「うーん、そうだ、これだ」と一人で目を閉じて思わずつぶやいてしまうような感興、それがなんといっても「小確幸」の醍醐味である。そしてそういった「小確幸」のない人生なんて、かすかすの砂漠のようなものにすぎないと僕は思うのだけれど。

 確かにその通りだ、と思うのは、あるいは宝くじが当たるような、「大きいけど不確かな幸せ」を掴んだことがないからかもしれない。でも、「小確幸」で生活を満たしていくような生き方の方が、コストパフォーマンスがいいのは間違いがない。たとえば、縄文杉からでなければエネルギーをもらえない人が幸せを感じられるのはせいぜい年に1度だろうが、道端の雑草を眺めて幸せになる人は、きっと毎日幸せだ。飛行機代もホテル代も登山用品代も必要ない。
 とはいえ、村上さんも書いているように、「小確幸」を見出すためには、ちょっとした代償も求められる。冷たいビールを100%味わうためには、その前に激しく運動しておかなければならない。
 雑草鑑賞にとって運動に相当するのは、雑草の知識を得るための勉強ということになるだろう。雑草の魅力を十分に堪能するためには、やはりそれなりの知識が必要になる。今度映画化もされる『植物図鑑』(有川浩)の主人公は、大変美しい花が咲くことを知らなかったために、ヘクソカズラを単なる邪魔者としか捉えられていなかった。自宅の前に行き倒れていたイケメンの植物オタクに教えてもらってはじめて、彼女はその植物の魅力に気がつくことになる。
 では、そんな「小確幸」らしからぬ展開に巡り会えそうもない私たちは、どうしたら雑草を楽しめるようになるだろう。
 私がおすすめするのは、静岡大学大学院教授の稲垣栄洋さんが書かれた『身近な雑草の愉快な生きかた』(ちくま文庫)を読むことである。
 街中でも見られる身近な植物である雑草たちは、それぞれが、新宿の雑踏のような過酷な環境でも生き抜くための工夫をその体に備えている。そんな雑草たちの多彩な生き残り術を、ユーモアあふれる文章で伝えてくれるのが本書だ。全部で50種類の雑草が紹介されているが、まあ見事にすべらない。したたかな生存戦略を持つスミレを「ゆかしい」と表現してしまった松尾芭蕉をdisり、四葉のクローバーはお花畑ではなく人に踏まれる道端に生えているのだと婚活女性をdisり、コニシキソウは小さくて正解、あんなにでかいのに「小錦」というのがおかしいのだと国技をdisり、なんだかとにかくいろんなものをdisっているが、嫌味がなくてとても笑える。セイヨウタンポポによる遺伝子汚染を、「パラサイト・イブ」になぞらえる比喩も秀逸だ。大学教授にそれをされてしまったら、ブロガーは死ぬしかないだろ、と悲しくなるくらいのものである。もちろん、ただdisっているだけではなくて、それぞれの植物の生態について、非常に詳しく解説してくれている。楽しみながら、勉強できる本なのである。最後には、そのたくましさに心を打たれ、雑草が好きになる。
 道端に生えている雑草から愉悦を汲み出すことができるようになればしめたものだ。なにもしなくても、道を歩いてさえいれば「小確幸」を見つけることができるわけだから。
 というわけで、荒涼とした日常の中にささやかな潤いを求める人は、この本を読むといいと思う。きっと、疲れ果てた体を引きずって歩く帰り道が、少しだけ豊かなものに変わるはずだ。

1986年生まれ。幼少期より生き物と戯れて育つ。2011年、東京農工大学農学部獣医学科卒業。同年より小動物臨床に従事。在学中から、WordPressを利用してブログを書き始める。ニシアフリカトカゲモドキと出会った2014年に内容を一新、爬虫類ブログ「とかげもどきのしっぽ。」を立ち上げ、現在に至る。ニシアフリカトカゲモドキをはじめ、多くの爬虫類と暮らしている。

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