ヘビが嫌い、は自然なことか?

   

 ヒトは本能的にヘビを警戒するように進化してきたことを示唆する論文が、2010年に京都大学から発表された。

 PLOS ONE: Human Young Children as well as Adults Demonstrate ‘Superior’ Rapid Snake Detection When Typical Striking Posture Is Displayed by the Snake

 4歳児34人、成人20人を対象に、花の写真8枚、ヘビの写真1枚、あわせて9枚の写真を並べた中からヘビの写真を見つけ出すまでにかかる時間と、ヘビの写真8枚、花の写真1枚の中から花の写真を見つけ出すまでにかかる時間を比較したところ、4歳児、成人ともに、前者の方が短かいことがわかったという。クモやムカデ、ヘビに形の似たホースなどの写真を用いて同様の実験を行なった場合は、花との間に違いは認められなかったそうだ。
 この結果は、ヒトが、先天的に、ヘビを警戒すべき対象として認識している可能性を示唆していると、研究者らは結論づけている。
 ヘビ好きにとっては、おもしろくないかもしれない研究結果である。
 じゃあなにか、ヘビが好きな俺たちは本能のぶっ壊れた異常者だというのか、と鼻白んだ人もいるかもしれない。
 もちろん、「子どもの頃はみんなヘビが怖くないのに、周りの大人が怖がるから、それが刷り込まれて怖くなってしまうんだ」という主張と同様に、「ヘビ好きは異常だ」と決めるつけるのもまた、早計である。
 「ヒトはヘビに対して特別に感覚が鋭くできている」からと言って、そのままイコール「ヒトはヘビを怖がるようにできている」というわけではない。それは、「ヒトの進化においては、いちはやくヘビを発見できる目を持っていた方が適応的だった」ということを意味しているだけだ。
 遭遇してしまったときの毒ヘビの危険度は、クモやムカデの非ではない。自分の全長ぶんくらいジャンプして咬みついてくるようなものもいるわけだから、できるだけ、相手の間合いに入らないうちに発見し、距離をとった方が身のためだ。これは有毒? 無毒?と迷っている間にヘビが怒って、咬みついてきたら元も子もない。咬まれたら死ぬ可能性がある以上、「まず、距離を置く。それから、安全かどうか考える」という順番が生存戦略としては圧倒的に正しい。だから、「ヘビに対する感度を上げておく」というのは、生き物としてなんら不自然なことではない。
 一方で、エラブウミヘビを燻製にしたり、ハブやマムシを酒につけたりと、ヘビを利用する文化は昔から存在している。明治になって家畜の肉を食べる習慣が輸入されるまでは、貴重なタンパク源のひとつでもあった。このことは、距離を置いた後で、こちらの優位が確保できればふたたびヘビに近づいていく選択肢を、ヒトが取りうることを示している。
 つまり、ヘビに対して特別な反応をするように進化してきたことと、好き嫌いは、またちょっと違う話なのである。
 ヘビではなく虫についてだけれど、鳥取環境大学教授の小林朋道さんが、『タゴガエル鳴く森に出かけよう!』という本の中でこんなことを書いている。

 まず、虫にあまりさわったことがない状態で、虫に対して「気持ち悪い」という感情を持つことは、自然のなかで狩猟採集という人類本来の生活のなかでは、適応的だったのではないだろうか。
 (中略)
 自然環境の中で、親の保護を離れてはじめて活動するようになった子どもたちは、さまざまな種類の虫に一人で遭遇することが多かったと思われる。その際、それらの虫が毒などの危険な要素をもった虫である可能性は十分ありえることで、まずは、さわるのを避けることのほうが好ましいはずだ。
 (中略)
 もちろん、本来の狩猟採集生活においては、「気持ち悪い」だけで一生を終わるわけではない。おそらく、その後の自然との豊かな接触のなかで、恐れも伴った虫類とのふれあいは少しずつ増えていき、虫の種類ごとに、具体的にそれらの習性を学びとっていくのであろう。その結果、虫はけっして漠然とした“気持ち悪い”ものではなくなる。種類ごとに独自の習性をもった存在として把握されていくのだと思う。そして、そのような認識を獲得した個体は、現代人にたくさん見られるような、激しく虫を恐れるような反応を示すことはないだろう。

 虫と同じようにヘビの場合も、「命に関わるおそれがあるから、とりあえずまずは警戒する」ようにはなっているけれども、最終的な関わり方は、生育過程での学習によって決まっていくものだと考えられる。
 虫を激しく嫌う人は、虫と直に触れ合う機会が少なかったために、先天的な「気持ち悪い」という感情が、そのまま残ってしまっているのではないかと、小林さんは書いている。あるいはヘビ嫌いも、ヘビを目にする機会が少なかったために、先天的な反応がそのまま残っている状態なのかもしれない。逆に、なにかのきっかけで「怖くないヘビもいる」ことがわかれば、我々のような「ヘビ好き」が生まれることになるのだろう。
 とはいえ、ヘビと触れ合ったからといって、必ずしもヘビが好きになるとは限らない。触れ合い方によっては、「警戒心」が「恐怖心」へと育ってしまうような場合もあるだろう。もともと警戒心があるぶん、実際に咬まれたり、ひどく威嚇されたりすれば、恐怖心は容易に生まれると思われる。あるいは、心の準備ができていないのに、不意に目の前にヘビをつきつけられた場合とか。
 だから、要するに、ヘビの好き嫌いは、どちらが正しいとか間違っているとかいう話ではないのだ。科学を錦の御旗にして、一方が一方を攻撃する、ということはしてはいけないと私は思う。
 ただ、ヘビ飼育者の1人としては、「もともとヒトにはヘビに対する警戒心があるのだ」ということをわきまえ、周囲の人々のそれを「恐怖心」に育ててしまわないようなふるまいを心がけなければいけないなぁ、と思っている。

1986年生まれ。幼少期より生き物と戯れて育つ。2011年、東京農工大学農学部獣医学科卒業。同年より小動物臨床に従事。在学中から、WordPressを利用してブログを書き始める。ニシアフリカトカゲモドキと出会った2014年に内容を一新、爬虫類ブログ「とかげもどきのしっぽ。」を立ち上げ、現在に至る。ニシアフリカトカゲモドキをはじめ、多くの爬虫類と暮らしている。

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