ヘビの脱走が招いた悲劇

      2016/03/13

 以前、職場で、私の家にWiiを設置しようという話が持ち上がったことがある。
 Wiiを買って、マリオカートみたいにみんなで遊べるゲームを揃えて、ゲームパーティをしよう、という企画である。炬燵に入って、鍋でも食べて、ゲームに興じるのである。
 結局、それは実現には至らなかったのであるが、その時、女性の先輩獣医師がこんなことを言った。
「あ、別に部屋に“変な物”が置いてあっても大丈夫だから。私たちもうそういうので動じる年じゃないから」
 それに対して、もちろん私は余裕の笑みで答えた。
「そんなもの、置いてませんよ」
 と。
 嘘ではなかった。その時も、今も、私の部屋には、そのテのものは、一切置いていない。「家探しする」と脅されもしたが、マットレスを持ち上げてみても、天袋を覗いてみても、本棚の前列の本をすべて動かしてみても無駄である。1枚のDVDすら、発見することはできないだろう。
 私は、そのテのものを部屋には絶対に置かないと決めている。
 昔、「ある事件」があって懲りたからである。
 大学に、入学したばかりの頃の話だ。
 当時私は、古くからの伝統に倣い、「そのテのもの」を、自室のある場所に隠匿していた。
 その隠匿は完璧なつもりだった。
 事実、ばれてはいなかったはずだ。
 ある日、飼っていたヘビが脱走するまでは。
 当時私は、部屋で1mほどのヘビを飼っていた。今飼っているのと同じ、ボールニシキヘビという種類のヘビである。
 そのヘビが、ケージの隙間から脱走した。
 肩も腰も持たないヘビは、頭が通る場所ならばどんなところにでも潜り込んでいける柔軟性を備えている。おまけに、お腹のウロコを引っ掛けて垂直の石垣を登ったりするような機動性をも備えている。逃げ出したヘビは、信じられない場所に潜んでいることがある。
 そんな生き物が脱走したとなると、部屋のドアをきちんと閉めていたとしても、部屋のすべての隙間や暗がりや収納スペースを捜索しなければならない。
 その範囲は、男子がそのテのものを隠しそうなところをすべて含んでいる。
 ヘビを探せば、ヘビより先にそのテのものが見つかる可能性は大なのである。
 その日の朝、もぬけの殻になったヘビのケージを目撃した私は戦慄した。
 なんとしてでも、秘密裏にヘビを回収し、事態を収集しなければならないと思った。
 他者を介入させるわけにはいかない。
 大学へ行く準備をしながら、私は必死でヘビを捜索した。
 しかし、さすがにスネークの潜伏能力は一般人の探索能力を凌駕していた。
 家を出なければいけない時間になったが、依然としてヘビは見つからない。
 私は選択を迫られた。
 このまま、ヘビが逃げたことを隠して学校へ行くか。
 家族に打ち明けるか。
 発見が遅れ、万一ヘビが家の外に出てしまったら、ニュースになるのは間違いがなかった。猫より弱いとはいえ奴はニシキヘビだったからだ。そうなれば、爬虫類飼育者に対する世間の目は冷たくなり、同好の士に迷惑をかけてしまう。
 放置して大学へ行く、というのはいささか危険が伴った。
 理想的には、代わりに誰かに探してもらうべきだった。
 が、しかし。
 そうなれば、おそらくは他にもいろいろなものが見つかってしまう。
 前門の虎に後門の狼。
 私は葛藤に襲われた。
 しかし、世間への影響や、ヘビ自身への健康リスクを考えれば、放置して出かけることはやはり躊躇われる。
 背に腹は代えられない。
 悩んだ末に、私は、ヘビが逃げたことを母に打ち明けることにした。
 母は快く、「わかった、探しておく」と答えてくれた。
 それが息子にとっては、ほとんど「死刑宣告」であるとは露とも知らずに。
 私は、青い顔をして家を出た。
 そして同様に青い顔のまま帰宅すると、ヘビは元通り、ケージの中に収まっていた。
 とにかくもヘビが見つかったことには胸を撫で下ろす。しかしもうひとつの懸案事項は残っている。私は荒い呼吸をしながらリビングへ出て行った。
「あら、おかえり」
 と母は言った。「ヘビ、見つかったわよ」
「ありがとう」
 と私は言った。そしておそるおそる探りを入れた。
「どこにいた?」
 すると母親は、こちらを見ないままこう答えた。

「大丈夫よ、あそこは探してないから」

 探してるじゃん!!!!!
 ほんとに何も知らなかったら、そんな発言出てくるワケがない。
「おや、おかしいですねぇ。私はあそこのことなんか一言も申し上げてはいませんが……。あなたはどこで、それをお知りになったのでしょう?」
 って右京さんっぽく言ってもダメだよ。取り調べられるのはどっちかっていうとこっちだよ。
 あの時の死にたさは、人生のうちでワースト3に入ると思う。
 次の日私は、そこにあったものをすべて残らず処分した。
 以来私は、「ブツ」を部屋には置いていないのである。
 あんなに恥ずかしい体験を、もうしたくはないからだ。
 今の私の部屋には、ヘビはいるけどブツはない。
 安心して、女性を呼べる部屋になっている。
 だから警戒せずに、遊びに来ていただきたい。
 ヘビはいるけど。
 ちなみに今は、そのテのものはすべて、ネットを通じて、データで手に入れることができる。
 我々はそれを、パソコンのどこか奥深くに格納しておけばよく、「ブツ」をどこかに隠しておく必要はもはやなくなっている。ダウンロードするのではなくその都度ストリーミング再生するのであれば、ハードディスクにすら格納する必要はない。ブラウザに履歴が残らないようにしておけば、表面的にはなにも証拠は残らない。
 私を襲ったような事態は、もう起こりえないのである。
 よい時代になったものである、と書くと、炎上するかもしれないが。

1986年生まれ。幼少期より生き物と戯れて育つ。2011年、東京農工大学農学部獣医学科卒業。同年より小動物臨床に従事。在学中から、WordPressを利用してブログを書き始める。ニシアフリカトカゲモドキと出会った2014年に内容を一新、爬虫類ブログ「とかげもどきのしっぽ。」を立ち上げ、現在に至る。ニシアフリカトカゲモドキをはじめ、多くの爬虫類と暮らしている。

 - 飼育日記