『ときめき昆虫学』にときめき過ぎています

      2016/03/13

 虫と関わりを持たない生活を送るようになってから、もうずいぶんと経つ。
 子どもの頃は、放課後のほとんどを虫採りに費やし、虫かごをアブラゼミでぎゅうぎゅうにするような毎日を送っていた。通っていた小学校で昆虫博士と言えば私のことだった。それが今では、玄関先にとまっているカマキリを発見したとしてもそのまま素通りしてしまうくらいに、虫との距離が遠くなってしまっている。鳴く虫の声で季節を感じるような風流とも、縁遠くなって久しい。自宅ではトカゲの餌として飼っている熱帯産のコオロギが、夏でも冬でも喧しく鳴きわめいているからだ。虫との関わりといえばそのくらい。新築のアパートでは、不意に生活圏に闖入してくる“You know what”と戦うこともない。
 そんな私の「昆虫熱」を呼び覚ますような本が出版された。
 メレ山メレ子さんの『ときめき昆虫学』(イースト・プレス)である。
 もともとは旅ブロガーであり、どちらかと言えば「こちら側」の住民であるメレ山さんが、虫好きが高じて一線を越えた「あちら側」の人たちにくっついて、オサムシを採ったり、アリを飼ったり、セミの幼虫を食べたりした体験をユーモラスに綴った本だ。
 これが、非常におもしろかった。
 「あちら側」の超感覚ではなく、「こちら側」の感覚にあくまで寄り添って、虫の魅力を、正確に言えば、「虫と関わること」の楽しさを伝えてくれていたからだ。
 虫の魅力とは虫屋にとっては抗いがたいものであるらしく、養老孟司さんのような人であっても、著書を徴する限り、虫について語り出すとうっかり熱中して素人を置き去りにしてしまうようなきらいがある。脳の話にはついていけても、虫の話にはついていけない。が、あくまで「こちら側」の人であるメレ山さんは、普段虫と接点のない人にもついていけるような視点に限定して、それぞれの章を構成してくれている。
 碧い海と空を背景に群舞するアサギマダラ。ガチャピンのようなアゲハの幼虫に、ぬいぐるみのようなカイコ。エメラルドに輝くタマムシ。素材の選び方はビジュアル重視で入りやすいし、ところどころであえて挿入されるメレ山さんのアテレコからは、生活の中に虫のいることがとても楽しいのだろうな、という感情が伝わってくる。そんなに楽しいことならば、自分も体験してみたい、とつい思わされてしまう。写真の使い方も効果的で、蜜柑の葉ではなく、窓際に置かれたヘンルーダの苗にとまったアゲハの幼虫の写真を見れば、こんなにお洒落な生き物だったかと見惚れずにはいられない。昔、毎年育ててたんだけど。
 なにより、虫に関心のない人が「話」にまで関心を失わぬよう、エッセイとして読みやすいように気を配って書かれている。

 翌朝、起きてからずっと待っていたが、サナギはピクリともしない。殻がなかば浮いて、新しい触角や眼が見えているのに。家を出る時間まで残り30分。断腸の思いで髪をブローするためにほんの5分ほど現場を離れ、戻ってきた私が見たのはさっきと全然違うシルエットだった。
「お、お約束のように出た――ッ!!」
 不在を見計らったかのように、アゲハはすっきりとサナギから出て、翅を伸ばしにかかっている。数時間の監視は、ついに報われなかった。複眼や触角にいたるまでしっとりとしたみずみずしさがあふれて見えるのは、こちらの目が悔し涙で曇っていたせいもあるだろう。

 という文章や、

メレ子「夏にトラップをかけたんですけど、エゾマイマイカブリしか採れなかったんですよ」
四方さん「マイマイカブリって日本固有のオサムシで海外の収集家にも人気があるし、エゾマイマイカブリもいい虫だと思うよ! でもトラップ20個じゃちょっと少ないかもね。永幡くんは学生のころ、オサムシで論文を書くために信州の伊那谷で、一日1000個のトラップをかけてたんだよ」
メ「それって人の力で可能な数なんですか?」
四「『どれくらい採ったの?』って訊いたら『5キロくらいかな……』って言ってた」
メ「単位おかしくないですか?」

 というやりとりには、虫うんぬんを度外視してもくすりと笑みがこぼれてしまう。その文章の巧みさにつられて読んでいるうちに、いつしか虫の魅力が刷り込まれているという仕掛けになっているのである。
 これだけやられたら、それはときめかずにはいられない。
 カイコのかわいさに打たれ、オサムシの凛々しさにしびれ、アゲハの静謐さにうなった私の心は、すっかり虫モードになってしまった。
 さっそく、アリでも飼ってみようかなどと考えている。ケージを置けるような場所には、もう全部爬虫類がいるというのに。
 本書によって、私の中に眠っていた「虫スイッチ」は、それくらい見事に押し込まれる結果となったわけだ。
 感服。
 みなさまも一度読んでみて欲しいと思う。おもしろさは保証する。
 ところで私は今、メレ山さんが爬虫類に関心を持ってくださることを、心の底から願っている。

1986年生まれ。幼少期より生き物と戯れて育つ。2011年、東京農工大学農学部獣医学科卒業。同年より小動物臨床に従事。在学中から、WordPressを利用してブログを書き始める。ニシアフリカトカゲモドキと出会った2014年に内容を一新、爬虫類ブログ「とかげもどきのしっぽ。」を立ち上げ、現在に至る。ニシアフリカトカゲモドキをはじめ、多くの爬虫類と暮らしている。

 - 自然の本