トカゲモドキの食欲が怖い。

   

 このところ、ニシアフリカトカゲモドキたちの食欲が凄まじい。
 冬の間は、数週間食べないものもいたというのに、今は揃いもそろって、10匹前後のコオロギを平らげる。
 100g入りの冷凍コオロギが、あっという間になくなってしまう。
 かつてない勢いだ。
 去年の今頃は、確か、月に2パックくらいの消費量だった。
 今年はそれが3パック半くらいになっている。
 もちろん、前年同月比で個体数が増えているのだから消費量が増えるのは当たり前なのだけれど、それだけでなく、1匹1匹が食べる量も増えているのだ。
 心なしか、餌に食いつく勢いも増している。
 まるで存分にバスキングをしたあとのフトアゴヒゲトカゲみたいに、ピンセットからコオロギを奪い取っていく。
 私はいささか、慄いている。
 家計への影響、というのもひとつにはある。飼育動物が旺盛な食欲を見せてくれるのは嬉しいことだが、この勢いでエンゲル係数が増していくと、我が家の家計は、なかなか厳しいことになる。さすがに、たかがトカゲモドキ13匹程度を養えないような生活はしていないが、貯蓄のことなどを考えると、いろいろ、気をつけなければいけないことが出てくるかもしれない。転職をして、月収が一時的に下がっているのは確かだからだ。あまり、無計画な蕩尽はできないだろう。
 とはいえ、動物を飼っている以上そういうのは、ある程度までは仕方のないことである。自己責任。彼らを飼っていること自体が贅沢なのだから、代わりに多少の贅沢を諦めるのはまあ妥当な等価交換だ。
 だから、本当に慄いているのは、エンゲル係数の増大ではない。
 私が慄いているのは、捕食者としての彼らの本能の覚醒具合である。
 先日、トカゲモドキたちのケージの清掃をしていたときのことだ。
 前日にたっぷり給餌を行なったばかりだったから、通常であれば、彼らは満腹とは行かないまでもある程度満たされた状態で、シェルターの中で眠っているはずだった。
 ところが、糞を取り除くために私がむぎのケージの蓋を開けた瞬間、眠っているはずの彼女は、ボールドのゴチック体で「ごはん!」と書かれた吹き出しが見えるような勢いでシェルターから飛び出してきたのだ。
 私がわずかでも体を動かすと、それに反応して「ピクッ」と首を動かす。
 箱入り娘のCB個体のくせに、むぎは野性を発揮していた。
 私は、ぞあ、と総毛立つ思いがした。
 ゾーンに入った状態で野性を発揮した火神大我に対峙したときの赤司征十郎みたいに。
 このまま行くと、狩られる?
 そんな思いが胸の内に湧き上がった。
 いやいや、まさか。
 相手はニシアフリカトカゲモドキだ。オオトカゲでもテグーでもない。いくらなんでもそんなことはない。
 落ち着け、と自分に言い聞かせ、私は糞を取り除くため、彼女の脇を抜こうとした。
 その時だ。
 顔のあたりを通過した私の右手に、むぎは、電光石火の勢いで振り返って咬みついた。
 バックチップ!!
 私は今度は、はじめてゾーンに入った火神にボールを奪われた瞬間の青峰みたいな顔をしていた。
 最高だぜ、とは思わなかった。
 ただただ唖然とするばかりだった。
 満腹まで餌を食べた翌日に、その勢いとは。
 私の目には、むぎがまるで別の生き物のように映っていた。
 仕方がないので、掃除のあと、私はむぎに餌を与えた。
 怖かったからだ。
 このままいつもの餌の日までおいておいたら、むぎはケージを飛び出して、ほかのトカゲモドキを、それどころか私を、食べようとするかもしれない。
 その恐怖を拭い去れなかったのだ。
 その日もむぎは、たっぷり10匹のコオロギを食べ、満足気な顔でシェルターに帰っていった。
 その姿を、私は感情のない目で見送っていた。
 これから私は、贅沢を抑制し、せっせと彼らに餌を与えなければならない。
 ほかのなんのためでもない。
 自分の命を守るためにだ。

1986年生まれ。幼少期より生き物と戯れて育つ。2011年、東京農工大学農学部獣医学科卒業。同年より小動物臨床に従事。在学中から、WordPressを利用してブログを書き始める。ニシアフリカトカゲモドキと出会った2014年に内容を一新、爬虫類ブログ「とかげもどきのしっぽ。」を立ち上げ、現在に至る。ニシアフリカトカゲモドキをはじめ、多くの爬虫類と暮らしている。

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