メガネの直し方。

   

 私は、目が悪い。
 だから、仕事中はメガネをかけている。
 プライベートで人に会うときにはカッコつけてコンタクトレンズなのだが、もったいないし目が疲れるので、仕事のときはメガネである。
 臨床獣医師をしているときも、それは同じだった。
 発狂した猫や言うことを聞かない犬に何度吹っ飛ばされても(それはよく飛ばされた)、頑なにメガネをかけ続けた。
 臨床で、人前に出る仕事だから、プライベートとは「顔」を変えておきたかったのである。「メガネ」を印象づけておけば、メガネをしていない顔は、雑踏で人々の意識から外れやすくなる。油断しているときに「あら、先生」となるのを避けたかったのである。
 しかし、動物が暴れなくても、臨床でメガネをかけていると、とある面倒が発生することになった。
 何かの弾みでメガネがずれたとき、それを直すのが大変なのだ。
 臨床をやっていると、手が汚れることはしばしばある。
 たとえば、巨大結腸症で排便がうまくできない猫や、会陰ヘルニアで手術前の犬の排便介助をするときは手がうんこまみれになるし、膿瘍の消毒をするときには手が膿まみれになる(ゴム手袋はしているが)。メガネがずれても、とても触れたものではなくなってしまう。
 そんな中で、メガネを直すのに、いつも骨を折った。
 ずれがわずかなときは、鼻をもじょもじょすればなんとか元に戻せた。
 しかし、ずれが大きいとそれではさすがに戻せない。
 しかたなく、私が採用していたのが、掌底でメガネを直す、という方法だった。
 手のひらを上に向けて、掌底でメガネを押し上げるのである。
 手の汚れるような処置をしていても、その部位は多くの場合、きれいなまま保たれているから、これならメガネは汚れない。
 しめしめと思い、私はこの方法を愛用した。
 そんなふうにして5年間、動物病院で働いた結果、私にはいつの間にか、そのくせが染み付いていた。
 普段から、必要もないのに、ときどき掌底でメガネを押し上げてしまうのである。
 はじめのうちは、そのことを特に気にしていなかった。
 まあちょっと変かもしれないけど、直すほどのものでもないだろ、と。
 まずいと思ったのは、最近のことだ。
 ある時、知人の前で、なんの気なしにメガネを直したら、「クロか」と言われた。
 クロ?
 意味がわからずに私がぽかんとしていると、知人は続けて言った。
「ONE PIECEに、そんなの出てきたじゃん」
 言われてようやく、私はあっと思った。
 たしかに、そういう奴が出てきた、昔。
 ウソップが仲間になる回で出てきた敵だ。
 そいつは「黒猫海賊団」という海賊団の船長で、指先に刃物をつけて猫が引っ掻くように相手を攻撃する。その刃物で自分を傷つけないように、メガネを直すときに掌底を使うのだ。
 言われてみれば、私の仕草はまんま、そのキャラクターと同じなのだった。
 気付いた瞬間に、私は恥ずかしくなった。
 これ、ひょっとして、漫画のキャラクターにかぶれて真似をしてるみたいに、周囲の人の目に映っているのか、と。
 無意識の行動だから、たぶん、同じように人前でやったことは何度もあるはずだ。
 そのたびに、「うわ、なんかイタいやつがいる」と思われていたとしたら。
 そう思ったら、なんだかいたたまれなくなった。
 知人には、直接理由を説明することができたが、ただその仕草を見かけただけ、という相手には、誤解されたままになってしまうだろう。
 それはあまりよいことではない。
 新卒の子たちが、漫画を読み始めたか始めないかくらいの歳の頃に出てきたようなキャラクターの真似をしていると思われたら、ほんとうに、「イタいおっさん」になってしまうだろう。
 それは避けたい。
 だから、今、私は、極力そのクセを出さないようにしようと、必死に自分を矯正している。
 普通に、指先で、メガネを直すべく、注意を払う日々を送っている。
 おかげで、だいぶん、クセを出さずにメガネを直せるようになってきたと思われる。
 ただ、メガネを直し方を強く意識する日々が続いたせいで、今度は別種の問題が発生している。
 メガネを直すたびに、緑間や坂本が脳裏をちらついてしまうのである。
 どうしても、誰かの真似に見えるんじゃないかと気になって、なんだか動作がぎこちなく、挙動不審になる。
 それはそれで、いかにもアヤシイ。
 困ったものである。
 もう、いっそコンタクトに統一してしまった方がいいのかもしれない。

1986年生まれ。幼少期より生き物と戯れて育つ。2011年、東京農工大学農学部獣医学科卒業。同年より小動物臨床に従事。在学中から、WordPressを利用してブログを書き始める。ニシアフリカトカゲモドキと出会った2014年に内容を一新、爬虫類ブログ「とかげもどきのしっぽ。」を立ち上げ、現在に至る。ニシアフリカトカゲモドキをはじめ、多くの爬虫類と暮らしている。

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