ヒキガエルは競わない。

      2016/05/09

 ヒキガエルは、私の好きな生き物のひとつである。
 あの大柄で、温厚で、のんびりした生き物を、私は深く愛している。
 子どもの頃は、しばしば道で出会ったヒキガエルを連れ帰り、秋が来るまで飼育していた。滅多に動かず、歩くときでも1度に2歩以上歩かない(歩けない?)ヒキガエルをぼーっと眺めて過ごすのは、それはそれは心やすらぐ時間であった(変わった子どもである)。
 そんなヒキガエルについて書かれた名著がある。
 奥野良之助さんの『金沢城のヒキガエル』である。
 1995年にどうぶつ社から刊行されたこの本は、奥野さんが研究するまではほとんどわかっていなかったニホンヒキガエルの生態をはじめて明らかにし、「競争しない」というそれまでの生物学の常識を覆すような彼らの暮らしぶりを世に知らしめた画期的なものであった。
 刊行から20年近く経ち、確かに、記載されている知見そのものの新鮮味は失われてきたが、本そのものは未だにまったく古びてはいない。発見に至るまで紆余曲折する様や、それを描くユーモアに溢れた筆致や、行間から滲み出る著者のヒキガエルに対する愛情といったものが、書かれている知見を抜きにしてもなお、読む者の心を捉えて離さないからである。
 なによりも、この生き物が非常に魅力的に描かれている。

捕まえるのは落ちている石を拾うより易しい。

 ほとんど役にも立たない保護色を全面的に信頼しているところなど、相当おおらかな生き物に違いない。

 冬眠の仕方は私の想像とはまったくちがっていた。石のすき間にもぐり込まず、石の上で直接雪に埋もれて冬眠していたのである。「ヒキガエルって、相当いい加減な生き物ですね」と、集まってきた学生も少々呆れ気味であった。

 彼らは、競争相手が少なくなるとともにハッスルし始めた、逆に言えば、競争相手が多すぎるとあきらめるものがいる、ということになる。

 ある学生をしてヒキガエル一匹を一晩中観察せしめ、一五センチしか動かなかったという貴重なデータをとらせたこともある。

 思わずほっこりしてくるでしょう? この脱力ぶりに、好感を抱かずにいるなんて無理な相談である。こんな風に書かれれば、誰でも、ヒキガエルのことが好きになる。そこがすごいところなのである。
 前野ウルド浩太郎さんの『孤独なバッタが群れるとき』や松原始さんの『カラスの教科書』など、科学的な知見を紹介しつつ読み物としても純粋におもしろい本が近年多く刊行されているけれども、『金沢城のヒキガエル』は、そのはしりと言ってもいい1冊である。
 騙されたと思って読んでみていただきたい。きっと、庭先に現れたヒキガエルに対して悲鳴をあげる代わりに、微笑みを浮かべられるようになるはずだ。
 ちなみに、大まかな推計ではあるが本書によれば、ヒキガエルは、1年間に55時間しか労働しないそうである。
 それでもちゃんと生きている。
 グローバリゼーションに対するアンチテーゼとしても、私は改めてこの本を、推したいと思っている。

1986年生まれ。幼少期より生き物と戯れて育つ。2011年、東京農工大学農学部獣医学科卒業。同年より小動物臨床に従事。在学中から、WordPressを利用してブログを書き始める。ニシアフリカトカゲモドキと出会った2014年に内容を一新、爬虫類ブログ「とかげもどきのしっぽ。」を立ち上げ、現在に至る。ニシアフリカトカゲモドキをはじめ、多くの爬虫類と暮らしている。

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