猫がもっとも好きなものはなにか

      2016/03/18

 猫は動くものが好きである。
 うちの猫たちは、ひなたで微睡んでいるときであっても、ねこじゃらしをかしゃかしゃ振るとすっとんでくるし、部屋の中に虫が迷いこんでくるといつまでもそれを追いかけている。ガラスケースの中で餌を食んでいるリクガメに今日も興味津々である。
 また、猫は箱が好きでもある。
 部屋の中に箱があると、それがどのような大きさであるかに関わらず、まず、入ってみようと試みる。一目で頭しか入らないとわかるような大きさの箱であっても、全身をその中に収めようと躍起になる。ぴっちぴちの箱の中にはちきれんばかりになって入っていることもしばしばだ。猫を飼っていると、Amazonの空き箱であってもなかなか捨てられなくなる。
 動くものと箱。これらは、猫の2大好物であると申し上げて差し支えないかと思う。
 と、気になってくるのは、では、猫はこの2つのうちでは、どちらがより好きなのか、ということである。
 動くものが目に入れば、箱そっちのけで飛びかかっていくのだろうか。それとも、お気に入りの箱に入っているときには、目の前を虫が飛んでもお構いなしなのだろうか。
 私見では、これは箱に軍配があがる。
 というのは、過去にこんな出来事があったからである。
 私は、実家でもニシアフリカトカゲモドキを飼っていたことがあった。もともと弟が飼っていたものを、彼が大学進学で家を出て行く際に引き取ったのだ。
 弟は、トカゲモドキを45cm水槽に入れて飼っていた。私はそれをそっくりそのまま譲り受け、自分の部屋に置いていた。水槽の背は高く、トカゲモドキはガラスを登れないから逃げないと、弟は水槽に蓋をしていなかった。私もそのままにしていたが、確かに脱走することはなかった。
 ところが、あるとき、家の廊下をよちよちと歩いているトカゲモドキを私は発見した。
 脱走したのだ。
 驚いた。いったいどうやって出てきたのだろうかと訝った。もちろん、蓋をしてないのだから上から出てきたに違いないのだが、どうやって壁を登ったのか、まったく検討がつかなかった。足場になるようなものも入っていないし、今まで逃げるそぶりもみせなかったのに。
 それにそもそも、私の部屋は、小動物を猫の攻撃から守るためにいつもドアを閉めていた。内側からだって出てこれるはずがない。
 どうしてお前はそこにいるのか。
 まったく謎であったが、いずれにせよ、見つけたからには放置しておくわけにはいかぬ。私はトカゲモドキをむんずとつかみ、水槽に戻すために部屋に戻った。
 部屋のドアは開いていた。なにかの拍子に、開いてしまったのだろうか。
 不審に思いながら、私は部屋に入った。
 その私の目にまず飛び込んできたのは、棚の上にある、よくわからない物体だった。
 トカゲモドキの水槽が置いてあるはずだった場所に、水槽と同じくらいの大きさの、四角くて、黒い物体が置かれていたのだ。表面がすべすべで中がふわっとしているように見える。
 ナンダコレハ?
 部屋のドアが開いていたのだ。誰かが危険物を仕掛けたのかも知れない。もうしそうならとても困る。私は警戒した。しかし放置もできぬ。私はトカゲモドキ片手に慎重に歩み寄り、その物体を覗き込んだ。
 物体には、顔があった。
 気持ちよさそうに、白目を剥いていた。
 瞼が、ときどきぴくぴくと動いた。
 それは、水槽に詰まった猫だった
 トカゲモドキの水槽が身体にジャストフィットしたので、居心地がよくなって寝てしまったようであった。
 私は噴いた。猟奇殺人犯にバラされて箱詰めにされたみたいな姿勢になっているが、よくもまあそれで眠れるものだ。
 そしてすぐに、状況を把握した。
 きっと、こういう展開があったに違いなかった。
 私の部屋に入り込んだ猫は、トカゲモドキの水槽を見つけた。中になにか「動くもの」のあることを察知した猫は、それに近づいていった。
 水槽の中には、トカゲモドキがいた。猫はそれに興味を持ち、水槽の中に手を伸ばした。
 と、そこで猫は気づいてしまう。その水槽のサイズが、自分の身体にぴったりだということに。
 そうなれば、もう猫としては、水槽に入ってみずにはいられない。猫は、水槽の中に身体を押し込んだ。すると、予想通りジャストフィットだ。
 心地よいにゃん。
 満足した猫は、トカゲモドキのことを忘れ、そこで眠り込んでしまった。
 すると、足がかりのできたトカゲモドキは、しめしめとばかりに猫の身体を登って、水槽を出て行った。
 なぜ部屋のドアが開いていたのかは依然謎だが、きっとそうに違いなかった。
 なるほど。
 その時私は、「猫は動くものより箱が好きだ」という洞察を得たのである。
 ところで、この話を母親に伝えたところ、母親は事も無げにこんな情報を寄越してきた。
「ああ、正太郎は、最近自分でドア開けるよ」
 以来私は、どんな動物を飼うときでも、きちんと蓋をするように心がけている。
 時にぶち破られるわけだが。

1986年生まれ。幼少期より生き物と戯れて育つ。2011年、東京農工大学農学部獣医学科卒業。同年より小動物臨床に従事。在学中から、WordPressを利用してブログを書き始める。ニシアフリカトカゲモドキと出会った2014年に内容を一新、爬虫類ブログ「とかげもどきのしっぽ。」を立ち上げ、現在に至る。ニシアフリカトカゲモドキをはじめ、多くの爬虫類と暮らしている。

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