真夜中の惨劇
2016/02/05
深夜。
私は呆然として、足元に広がる惨状を見下ろしていた。
もうもうとわき上がる粉塵。その中でうごめく無数のイモムシ。点在する死肉には、何匹ものイモムシが群がり、牙を立てている。
その光景は、さながらホラー映画の1シーンのようだった。
ほんとうに映画だったらどれだけよかったことだろう。しかしこれは現実だった。夢ですらない。
私は、死肉を漁る異形の昆虫がひしめく中に、為す術もなく立っていたのだ。
ほんのわずかな手元の狂いが、このような悲劇を生み出す破目になろうとは。
その数分前、私は、ニシアフリカトカゲモドキのふじに餌を与えていた。
えるしっているか ふじはこおろぎのにおいのついたみるわーむしかたべない。
だから私は、せっせとコオロギを潰してはミルワームにその汁をなすりつけ、ピンセットでふじの鼻先に落とす、という作業を繰り返していた。
簡単な作業だ。
しかし、本日11時半に職場を後にした私には、いささか疲労が溜まりすぎていた。
単純作業の繰り返しに、耐えられなかったのだ。
大食漢のトカゲモドキを満足させるため、ミルワームのパックとふじのケージの間を行ったり来たりさせていた私の腕は、何往復目からで目測を誤った。
ミルワームのパックにぶつかる私の手。
棚から転落するミルワームのパック。
マーフィーの法則に従い、天地が逆転して着地するパック。
舞い上がるおがくず。
あっと思ったときには、イモムシどもが床に解き放たれていた。
慌てた私は、コオロギの肉をつまんだピンセットを取り落とす。天から降ってきたごちそうに、付近のミルワームが群がり出す。
その結果、私は冒頭のような惨状の中に立ち尽くすことになってしまったのだ。
なによりの問題は、それが大きな物音を立てられない深夜であるということだった。
私は、己のそそっかしさを呪った。
自分を責めた。
なぜ、お前は、掃除機の使えない深夜にそういうミスを犯すのか、と。
我が家には、箒と塵取などという気の利いたものは存在しないというのに。
掃除という観点から言えば、膨大な粉塵と昆虫の前に、丸腰の私は無力だった。壁はどこまでも固く冷たく、卵はどこまでも脆かった。
しかし、いつまでも呆然としていてもしかたがない。
復興はいつでも、足元の石ころをひとつ拾うところから始まるのだ。
私は、ミルワームたちを1匹1匹拾い上げ、コピー用紙で作った即席の塵取でおがくずを回収した。
時間はかかったが、床の上にささやかな秩序を回復し、私はしゃがみこんだままため息をついた。
その時である。
私が、うなじのあたりに刺すような視線を感じたのは。
寒気を感じて振り返った私が見たのは、飢えたトカゲモドキたちのらんらんと光る瞳だった。
ぞっとした。
異界への入り口はいつも、すぐそばにぽっかりと口を開けているのだ。