引いてダメなら押してみればいい

      2016/02/05

 東京レプタイルズワールド2014で買ってきたホワイトアウトのニシアフリカトカゲモドキのふじは、未だに私にあまり心を開いてくれていない。
 基本的にシェルターに中にひきこもっていて、外に出ている姿を目撃することはほとんどなく、たまに目にしたとしても、私の姿を見るとそそくさとシェルターに隠れてしまう。
 おまけに、掃除のときに身体を掴むと、身体をふくらませて、「シューッ」っと音を立てて怒る。基本的にされるがままの動物であると、クリーパーにも書いてあったのに、そりゃあもう烈火の如く怒る。咬むんじゃないかとこちらが怯むくらいに凄まじい。
 それくらい、まあ端的に言えば私はふじに嫌われている。
 だからこれまで、私はふじに対して距離をとってきた。ふじが活動している間は部屋に入らないというのは、この間ブログに書いたとおりだ。手のひらにのせて愛でたり、手から餌を与えたりしたい気持ちを抑えて(その矛先はたいていアプリコットアルビノのやまももに向く)、なるべく接近せず、刺激を与えないようにして、ふじが心を開いてくれるのをまっていた。
 いつか、私の姿を見ても怯えなくなる日を夢見て。
 しかし、いつまで立っても、ふじは私に心を開こうとしてくれない。もう初対面から2週間になるというのに、相変わらずシェルターの中に閉じこもっている。
 毎朝、寝る前に餌皿に補充したミルワームが減っているのをそっと確認するだけの日々。
 それは、味気ないことこの上ない生活だった。道路の向こう側を友達と談笑しながら歩いて行く姿を目撃するだけで心ときめかすことができるのは10代のうちだけだ。
 しかも少しずつしか食べてなくて心配だし!
 そこで私は、今日思い切って、作戦を変更してみることにした。
 いつものようにそっと餌を補充するかわりに、私はケースの上蓋をまるごと取り外し、シェルターも取り出し、ふじを丸裸の状態にし、その鼻先にそっと、ピンセットでコオロギを差し出してみたのだ。
 かなり大胆なアプローチである。そしてリスキーだ。失敗すればまた1から信頼関係を築き直さなければならなくなる恐れがある。私の大好きなベッドは、その分だけまた遠ざかってしまう。
 もっと嫌われたらどうしよう。
 告白から入る中学生並みに危険な掛けだった。
 この蛮勇は、吉と出るか、凶と出るか。
 ふじがピンセットに気がつく。
 私はピンセットを握る手に力を込めた。
 目の前のコオロギを凝視するふじ。
 緊張の瞬間……!
 果たして、ふじは一瞬のためらいの後に、差し出されたコオロギに勢いよく食いついた。
 それだけではない。矢継ぎ早に私が差し出したコオロギを尻尾を振りながら次々と平らげ、いつもよりたくさんの餌を口にしたのである。
 Mサイズのフタホシコオロギをなんと7匹も。

 ツンデレかよ!!!

 それは、なんともあっけない結末であった。
 私はなんだか拍子抜けしてしまった。
 そして、なんというか、恨みに近いような感情さえいだいてしまった。
 確かに作戦は大成功だ。
 しかし、こんなに簡単に解決してしまったら、今までふじに気を使い続けてきた日々はいったいどうなってしまうのだろうか。
 それは、まったくの無駄だったということか。
 私は無駄に、ベッドに寝転がって読書にふける時間を犠牲にしてきたというのか。
 そう思うと、なんだか素直には喜べないのだった。
 だったら、はじめからそう言ってくれればいいじゃないですか。そうしたら、ベッドでまどろむ時間を犠牲にせずに済んだのに……。
 私は、ふじに、そう語りかけずにはおれなかった。
 ねぇ、私の心のざわめきが、あなたにはわかりますか。
 ねぇ、あなた。
 ふじは我関せずという感じで、口の周りをぺろぺろと舌で掃除していた。
 その姿が、いっそ憎らしかった。
 私の胸の内は複雑だった。
 手から餌を食べてくれて嬉しいのに、簡単すぎて嬉しくない。
 愛おしいのに、憎らしい。
 実にアンビバレントな感情を、ふじに対していだいていた。
 それは、そう、まるで恋のようだった。
 そうだ。
 私はあろうことかトカゲモドキを相手に、心の内の繊細な襞を揺らしてしまったのだ。
 トカゲモドキを相手に。
 私はコオロギを握り締めながら、なんだか人間として終わっているような気がして立ち尽くしていた。
 ともあれ、私は今日、大事なことをひとつ学んだのだった。
 引いてダメなら押してみな。
 押してダメなら引いてみなとはよく言われるが、逆もまた真だということだ。
 これは覚えておかねばならない。
 みなさまも、是非覚えておかれるとよろしいかと思う。

 責任はとらないが。

1986年生まれ。幼少期より生き物と戯れて育つ。2011年、東京農工大学農学部獣医学科卒業。同年より小動物臨床に従事。在学中から、WordPressを利用してブログを書き始める。ニシアフリカトカゲモドキと出会った2014年に内容を一新、爬虫類ブログ「とかげもどきのしっぽ。」を立ち上げ、現在に至る。ニシアフリカトカゲモドキをはじめ、多くの爬虫類と暮らしている。

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