誕生日プレゼントの話

      2016/03/18

 中学生の頃の話である。
 ある休日、私は、台所の片隅に置かれたクサガメの水槽の前で考え込んでいた。
 弟が家族になんの断りもなくうちへ連れてきたクサガメの世話係に、なぜか任命されていた私は、そのカメの住環境に頭を悩ませていた。
 当初、甲長6cmほどだったクサガメは、その時甲長15cmを突破しつつあった。以前熱帯魚を飼っていたときに購入した45cm水槽では、少々手狭な状態だ。これで成長が止まるのならばよいが、これ以上大きくなられてはスペースが足りなくなる。そのカメはメスだったから、その可能性は十分にあった(事実、なった)。そろそろ、水槽を大きくしなくてはならない時期だった。
 しかし、少なくとも60cm標準水槽以上の大きさになるであろう新しい水槽を買ってくるためには、障壁が2つ存在していた。ひとつめは大きさで、ふたつめは価格だった。60cm水槽ともなると、自転車で運べるものではない。徒歩圏内に水槽を売っているようなお店はなかったから、移動には自転車を用いねばならなかったが、それでは水槽が運べないという問題があった。そして金がなかった。月の小遣いは5000円。60cm標準水槽なら3000円くらいのものだが、それを買ったら残り2000円でひと月過ごすことになる。それはちょっと厳しかった。奥行きを45cmにしようと思ったら、ひょっとしたら足りないかもしれない。
 それで、どうしたものかと思案していたのである。
 すると、そんな私の姿を見た母親が声をかけてきた。
 新しい水槽を買うのなら、ホームセンターまで車を出してあげる、というのである。
 その代わり買い物の荷物持ちをしなさい、と母親は言った。
 あるいは、母もカメのことを気にかけていたのかもしれない。
 むろん、それは、渡りに船の提案だった。
 車を出してもらえるのなら、2つの障壁のうち1つは消滅する。
 荷物持ちなどなんのその。
 私は、二つ返事でその提案に乗った。
 あとは、いちばん安いやつを買ってくればよかろう。ビバリウムガイドは我慢しよう。
 そう決断した。
 そして私は、母の運転する車に乗り、家から10分ほどのホームセンターへ出かけたのである。
 そのホームセンターは、本館とは別にペット館のあるところで、品揃えは充実していた。水槽も、大小様々取り揃えられていた。当時は出始めたばかりだった爬虫類専用ケージも売っていた。価格はえらい高かったが。
 私は小遣いを握り締め、水槽売り場の前に立った。
 普通の、60cm標準水槽は、ニーキュッパだった。そのサイズ以上の水槽では、それが最安値だった。
 まあ、これを買うしかあるまい。
 そう思って、私はその水槽を見ていた。
 それにも関わらずすぐに手を伸ばさなかったのは、その隣に売られている別のタイプの水槽に一目で心を奪われていたからである。
 それは、前面が曲面ガラスで作られた水槽だった。普通の水槽のように4枚のガラスを貼り合わせるのではなく、1枚の大きなガラスの左右を折り曲げて3面を囲うようになっているものだ。大きさは普通の60cm水槽と変わらないが、デザインはより美しかった。
 その水槽が、どうにも欲しくなってしまったのである。
 もちろん、買えるわけはないのだった。価格は確か8800円だった。ひと月の小遣いをオーバーしている。お年玉の残りを足してもよいが、それは無駄な贅沢というべきものであろう……。
 それでも諦めきれなくて、私は水槽の前で立ち尽くしていたのである。
 ショーケースに入れられたレスポール48万円、を眺めるような気分で。
 お店の品揃えの良さが裏目に出た形だった。
 知らなければ、焦がれることもなかったのに。
 いやしかし、あまり母を待たせるわけにはいくまい。
 私は、ため息をつきつつ普通の60cm水槽を手にとろうとした。
 そのとき、再び救世主は現れたのである。
「きれいな水槽ねぇ」
 と、私の後ろに立った母は言った。
 驚いて振り返った私は、母は笑いかけた。
 そして言ったのである。
「よろしい。今月はあんたの誕生月だから、特別に私が買ってしんぜよう」
 お、おっかぁさまぁああああああああ!!
 私には、母が空中浮遊をしているように見えていた。
 母の読心術にかかれば、私の葛藤などお見通しなのであった。
 2つ目の障壁は、母の神通力によって雲散霧消していた。
 こうして私は、その美しい曲面水槽を手にすることになったのである。
 その後、私は大喜びで母の荷物持ちを請け負い、帰宅した。
 さっそく、水槽を設置し、クサガメを泳がせた。
 視界を遮る支柱のない水槽の中でカメが泳ぎ回るのを見るのは、まるで水族館の展示を見ているかのように爽快な眺めだった。
 至福。
 家族からもらったものの中では、これがもっとも印象的な、誕生日プレゼントである。
 私は母に、心の底から感謝している。

 という話を友人にしたら、「それ、あんたへじゃなくてカメへのプレゼントじゃん」と言われた。
 ……うん。それは、気づかせないでほしかったな。

1986年生まれ。幼少期より生き物と戯れて育つ。2011年、東京農工大学農学部獣医学科卒業。同年より小動物臨床に従事。在学中から、WordPressを利用してブログを書き始める。ニシアフリカトカゲモドキと出会った2014年に内容を一新、爬虫類ブログ「とかげもどきのしっぽ。」を立ち上げ、現在に至る。ニシアフリカトカゲモドキをはじめ、多くの爬虫類と暮らしている。

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