リア充の臭いなんてしない。

      2016/03/18

 8月3日、ツインメッセ静岡でジャパンレプタイルズショーが行われた日の夜、当直以外では滅多にならない私のiPhoneに着信があった。
 タッチパネルに表示されていたのは、学生時代の後輩の名前だった。
 なぜ突然、と怪訝に思いながら電話に出ると、「突然すみません」と謝る後輩の声の向こうには、妙に騒がしい雰囲気が漂っていた。
 ざわざわする音を聞いて、ああ、と思い出す。
 しばらく前に別の後輩から、「関西に遊びに行きます参加者募集」みたいなメールが届いていたが、その日程がたしか今頃だったはずだ。
 きっと、集まった連中が、酒でも飲んで、テンションが上がって、脈絡なく電話をかけてきたのだろう。
「どうでもいいことなんですけどね、名古さんに聞きたいことがあるんですよ」
 と、後輩は言った。
「何?」
「今、名古さんの代が6年生で、我々が5年生だったときの研究室の机の配置がどうだったかって話になってるんですけど、〇〇さんと△△さんの位置ってこれであってましたっけ?」
 ほんとうにどうでもいい質問だった。間違いなく、やつらは酔っている。
 それでも私は、丁寧に相手をすることにする。
「ええっとね……」
 目を閉じて、当時の研究室の様子を思い出す。
「……うん。たぶん、それで合ってると思うよ」
「あー、やっぱりそうですよね〜。ありがとうございます。これ、行きの新幹線の中から気になってたんですよ」
「そんなことが」
 私は呆れて言った。
「そんなことが、です」
 後輩は苦笑交じりに答えた。「それで、みんなが名古さんにかけろー、かけろーって言うからしかたなく」
「なるほど」
「ところで名古さん今日はお仕事だったんですか?」
「……いや、休み」
 馬鹿正直に私は答えた。そういうところで適当に嘘をつけないのが私の悪いところだ。
「えー、じゃあ神戸まで来ればよかったじゃないですかー」
「さすがにそこまでは行けないよ〜」
 まあ、それは嘘ではなかった。院長が不在になる期間だったので、全行程に付き合うだけの休みはそもそもとれなかったのだ。
「そうですか。あ、そうだ、みんなに電話代わりますね」
 唐突に後輩は言った。
 電話の向こうでごそごそと音がする。
「お疲れ様です〜」
 次いで出てきたのは、はじめにメールを送ってきた後輩だった。
「名古さん今日はお仕事ですか〜?」
 同じ質問が繰り返された。確実に酔っている。
「酔ってますか〜?」
 口調を真似て、私は訊いた。
「酔ってますよぉ〜」
 と後輩は答えた。完全に開き直っていた。
「名古さんなんで来ないんですか〜?」
 また同じ質問である。
「だから、行けないんだってば」
 ちょっとうんざりして私は言った。
 すると、後輩は、一瞬、沈黙した。
 あ、調子がキツすぎたか、と私は思った。謝らねばならない。
 しかし、後輩の口から出てきたのは予想外の発言だった。
「……名古さんからリア充の匂いがする」
「えっ?」
 どこから。
 私は驚いて、思わず自分の匂いを嗅いでみた。トカゲの匂いしかしなかった。
「しません」
 と私は言った。
「だって〜、いつも呼んだら来るじゃないですか〜。それなのに今回は来ないから〜」
「しません」
 と私は繰り返した。そもそもそれと私とは、キリンとバスマットくらいに縁遠い間柄だ。
「そうですかぁ〜」
 酔っているのが幸いしてか、後輩はあっさりと引き下がった。まあ、食い下がられたところでリア充の匂いなどしないことに代わりはないのだが。醸せるなら醸してみたいものだ。
 その後数名と話をして、電話は唐突に切れた。誰かが間違って切ってしまったと後からメールが来た。
 酔っ払いの嵐は、唐突にやってきて、唐突に去っていった。
 まったく。
 私はため息をついた。
 人がせっかく、これからおいしいラーメンを食べようというときに。
 そう思って、私はラーメンを啜った。
 でも、しばらく後で、はっと私は思い至ったのである。
 彼らが電話をかけてきた口実は、ほんとうにどうでもいいようなものだったし、しかも自分たちで結論にたどり着いていた。それでも、敢えてそんなことで電話をかけてきたということは、実は彼らは、毎日寂しくブログばかり書いている私を見かねて、話し相手になってくれたということなのではないだろうか。
 私はむしろ、気遣われていたのかもしれない。
 思ったら、なんだかちょっと、申し訳なくなってしまった。
 だって、そんな彼らの遊びましょうという申し出を、私は断ったのだから。全行程付き合うことは無理でも、日曜日に合流することはできた。それでも断ったのだから。
 レプタイルズショーに行くためにな。
 リア充の匂いがする、というのは、好意的な解釈だ。それなら確かに納得できよう。
 が、実はそうではなかった。私は後輩よりも爬虫類をとったわけだ。
 なんとも失礼な話ではないか。
 私はあらためて身体の匂いを嗅いでみた。
 そりゃあ、トカゲの匂い以外するはずもなかった。

1986年生まれ。幼少期より生き物と戯れて育つ。2011年、東京農工大学農学部獣医学科卒業。同年より小動物臨床に従事。在学中から、WordPressを利用してブログを書き始める。ニシアフリカトカゲモドキと出会った2014年に内容を一新、爬虫類ブログ「とかげもどきのしっぽ。」を立ち上げ、現在に至る。ニシアフリカトカゲモドキをはじめ、多くの爬虫類と暮らしている。

 - 管理人の徒然