やんばる爬虫類紀行

      2016/02/05

「1週間の夏休みをやるから、どこかへ行ってこい」
 院長が、唐突にそう言ったのは、たしか2ヶ月ほど前だった。
 以前私の勤務先に勤められていた先生が、パートとしてしばらく復帰するので、その間に順番に骨休めをしよう、ということなのであった。
「日程は好きに組んでいいから、早めに教えてくれ」
 そう言って、院長は笑った。
 突然降って湧いた、1週間の夏休み。
 これほど、文字通り有り難いことはない。
 しかし私は、その使い道を咄嗟には思いつくことができなかった。ニシアフリカトカゲモドキの飼育に入れ込んでいて、正直なところ、旅行を考えるような精神状態ではなかったからである。首都圏で、ショップに行き倒すとかそのくらいか、としかはじめは思いつかなかった。
 しかし、せっかくもらった長いお休みである。通常の休日でも行けるようなところにばかり行ってもしかたがない。何か、有意義な使い道はないだろうかと、私は考えた。
 野生のニシアフを見に行く、というのは企画としてはおもしろいけれども、辺境初心者どころか海外旅行初心者にはいささかハードルが高すぎる。ってか1週間じゃ無理だよね? 実はパスポートすら持ってないし。やっぱり国内だ。でも、国内でおもしろそうなところといっても……。
 屋久島も西表島ももう行ったしなぁ。
 小笠原……は1週間では行けないな。
 どうしよう。
 トカゲモドキたちの顔を見ながら考えた。
 そして、ふと閃いた。
 日頃、トカゲモドキのことばっかり考えているけれども、イベントやショップに行けばそればっかり見ているけれども、そういえばそうだ、日本にもいるじゃないか、トカゲモドキの仲間が。
 ニシアフとは少し縁遠いグループだけれども、日本の南西諸島には、クロイワトカゲモドキという種類のトカゲモドキが生息している。天然記念物に指定されていて、生き物屋なら、会えるとちょっと嬉しくなるタイプの生物だ。
 駆け出しのトカゲモドキ屋としては、これは見ておかないわけには行かないのではないか? ってか見たい。
 これだ。
 こいつを見に行こう。
 私は、そう決意した。
 ならばひとまずやんばるだ。やんばるに行こう。
 1週間まるっとはしんどいから、とりあえず4日くらい。
 こうして、トカゲモドキを見にやんばるへ行こう(1人)ツアーは動き出したのである。

情報収集

 旅は、まず、事前の情報収集から始まった。ハブに咬まれないで効率よく爬虫類を見つけるための戦略を、あらかじめ立てておかなくてはならない。それに、本命のクロイワトカゲモドキは夜行性だから、夜のやんばるをうろつくことになるのだ。手がかりもなしに動くのは、ちょっと怖い。
 と言っても、沖縄に住んでいる知り合いも、沖縄の生き物に詳しい知り合いもいない私にすぐできることは、フィールド図鑑を読みあさることと、ネットで検索をかけることくらいしかなかった。それでも、とにかく、手に入る情報を集めていった。
 わかったことはシンプルだった。
 やんばるには、森をぶった切って作られた、いくつかの悪名高い道路がある。なぜ悪名高いのかというと、野生動物の生活圏を分断して走る道路であるため、ロードキルが頻発するからである。しかしそれは言い換えれば、野生動物との遭遇する可能性が高いということであって、ハブに噛まれる危険を犯さずに爬虫両生類を見るならその道端を探るのが近道である。ちなみに、南部に比べて北部はハブが少ない。
 そういうことが、いくつかのウェブページから伺われた。
 なんと、舗装路の上でいろいろ見ることができるのか。
 私は驚き、それはありがたい、と思った。ハブ覚悟で藪に入らなければいけないかと、ちょっとどきどきしていたからだ。
 しかし、ロードキルが多発するような道路を、敢えて利用するというのは。
 環境原理主義者に十字砲火を浴びそうな戦略だな。
 そうでなくても、なんだかズルをしているみたいで複雑な気持ちだ。まあしかし、贅沢は言えない。はじめて行く土地で爬虫類を見ようとするのだから。それくらいはしかたがないだろうと自分に言い聞かせ、私は目的地を、やんばるの中でもそれらの道路の周辺に定めた。
 ホテルをとり、レンタカーを手配する。新しい懐中電灯を用意する。
 そうして、わくわくしながら当日を待った。

比地大滝

 やんばるに着くまでの道程は省く。那覇空港から、ひたすら車で北を目指しただけである。ホテルに到着したその日は、翌日からの探索に備えてゆっくり休み、2日目から活動を開始した。
 まずは昼間のうちに目的の道路まで車を走らせ、下見をした。細い林道のようなところも通るつもりだったから、明るいうちに道路の状態を確認しておこうと思ったのである。
 あくまで下見なので、気楽に車を走らせた。
 道端には、いくつもの看板が立っている。野生動物に対する注意を促す看板である。「ヤンバルクイナ注意」、「リュウキュウヤマガメ注意」、「イボイモリ注意」、「ケナガネズミ注意」。様々な種類の動物が登場していたが、トカゲモドキの看板はなかった。やつらは、それほどロードキルの被害にはあっていないということなのだろうか。そんなに道路を渡らないということか。イボイモリよりも動かない?? まさか。それとも軽んじられているのか。だったら寂しいな。そんなことを考えながら、車を走らせる。
 と、路上になにやら紐状のものが落ちていることに気がつく。でも紐じゃない、ということはすぐにわかる。
 路肩に車を止めて確かめると、それは、アカマタの死体だった。まさしくロードキルであった。アカマタ注意、の看板はなかったけど。

アカマタの死体

車に轢かれたアカマタ

 ちなみにアカマタは、無毒だがハブを襲って食うこともあるような獰猛なヘビである。生きているアカマタを扱える気はまるでしないので、死んでいるのをいいことにしげしげと観察しておく。
 昼前には道路の下見はひと通り終わったので、観光地も見ておこう、と思い立つ。調べてみると、比地大滝という滝のあることがわかる。近くのキャンプ場から滝までトレッキングコースが整備されているというので、そこを歩いてみることにする。
 滝から続く沢に沿って作られたトレッキングコースは、吹き抜ける風の涼しい快適なものであった。
 そして、このコース沿いで、いくつかの爬虫類も見ることができた。
リュウキュウアオヘビ

リュウキュウアオヘビ

オキナワトカゲ

オキナワトカゲ

キノボリトカゲ

キノボリトカゲ

 爬虫類以外では、ナメクジがたくさんいた。やんばるの森はナメクジの森であるのか、というくらいにたくさんいた。まあ、日本の森はたいていどこもそうだけど。
 沢があったので、リュウキュウヤマガメが見られないかと思ったけれども、見つけることはできなかった。
 トレッキングコースを歩き終えると、その足で美ら海水族館へ行った。ジンベエザメもそうだけど、ウミガメ館で飼われているクロウミガメが見たかったのだ。クロウミガメは、アオウミガメに似ているけれども微妙に違って別種とされているウミガメである。日本ではあまり見つからない。せっかくなのでそれを見に行った。
 ウミガメ館には、その他に、アカウミガメ、アオウミガメ、ヒメウミガメ、タイマイが飼育されている。案内板には、甲板や頭の鱗の違いが書いてあるけれども、いちいち数字を覚えなくても、顔がぜんぜん違うから一度見ればわかるぞ、と思ってしまう私はたぶん、学者には向いていないのだろう。
 そしてクロウミガメである。たしかに顔はアオウミガメであるが、肌の色や雰囲気が違う。なるほどねぇ、と見入る。
 が、しかし、後で確認してみたら、写真が残っていない!! 山歩きで疲れて、ぼーっと見入って終わってしまったようなのである。ああ、残念……。
 そして言うまでもないことかもしれないが、黒潮水槽はすごかった。
黒潮水槽
 これだけに、入館料1800円を払う価値は確かにあると思う。
 水族館を見終わった後は、夜に備えてホテルで昼寝をした。

最初の夜

 日が沈んでから、いよいよトカゲモドキを探しに夜のやんばるへ。
 街灯のない夜のやんばるは、昼とはまるで様相が違った。懐中電灯を消すと、真っ暗でほんとうになにも見えなくなる。視線をあげると、空を埋め尽くさんばかりの星だけが瞬いてまるで宇宙にいるみたいに幻想的である。ここで口説いたらたいていの女の子は落ちそうだった。しかし、視線をおろすとひたすら不気味な山だった。今にもマジムンが出そうだった。これでは落とせない、と私は前言を撤回した。吊り橋効果も何も、私自身がびびっていたらどうしようもない。
 そして、どうでもいいがカニがたくさんいた。

カニ

カニがたくさんいた

 「カニ注意」という看板は確かに海沿いの道のは出ていたが、山の中には出ていなかった。でも、間違いなく、夜のやんばるでいちばんひき殺しそうなのはカニだった。山にも「カニ注意」の看板を掲げたほうがいいだろう、と私は思った。片側の足が全部ないやつとか、歩いてたし。
 カニたちをスルーし、もう少し森の奥へと進む。県道から、細い林道に入る辺りで車を停め、懐中電灯を持って歩き出す。
 ネットに書かれている限りでは、これでカエルが出たり場合によってはヒメハブが出たり、次から次へと爬虫両生類が現れることになっていたので、私はわくわくしながら林道を歩いた。撮れ高を期待して。
 しかし、である。なんと、1時間近く探索しても、まったく脊椎動物の気配がしなかった。現れるのはカタツムリばかりである。あとは懐中電灯を向けても図太く鳴き続けるキリギリスっぽい虫。カエルもハブも現れない(ハブは現れなくていいが)。側溝にはまっているヤマガメもいない。マジムンの気配だけが濃厚だ。話が違うー、と思いながら地団駄を踏む私。
 と、そんな私の耳に不可解な音が飛び込んでくる。
 ざっざっ。ざっざっ。
 何かの足音だった。闇の中から、少しずつこちらに向かって、足音が近づいてくる。
 ざっざっ。ざっざっ。
 ぞわぞわっと全身の毛が逆立つのを感じる。
 うそ。うそうそうそでしょ。
 なになになになにが来るのっ。
 まさかほんとにマジムン?
 逃げ出したいと思ったが、足がすくんで動けない。くそっ。こんな山の中に一人で来るんじゃなかった。ヤバいのはハブだけじゃない。私は激しく後悔する。
 闇の中にぼうっと浮かび上がる2つの目。
 その目が、私の方を向く。
 やばいっ。祟られる祟られる祟られるたた……
「あ、こんばんはー」
 マジムンの方から、フレンドリーな声がした。
 えっ?
 咄嗟に自分の懐中電灯を向けると、浮かび上がったのはなんと普通の家族連れ。目に見えたのは先方の懐中電灯なのだった。
 お、驚かすなよ。
 全身から力が抜けていくのがわかった。
「あなたも生き物見に来たんですか?」
 お父さんが言った。
「え、あ、はい」
 崩れそうになるのを堪えながら私は答えた。
「そうですかー。でも、この辺はいませんねぇ」
「はぁ」
 呆けたような顔で頷く私。
 子どもたちは、思い思いにライトで側溝を照らしている。
 私に軽く会釈をすると、お父さんは、「よし、次の場所へ行ってみよう」とそんな子どもたちに号令をかけた。
 足音が、再び闇の中に消えていく。
 彼らの姿が見えなくなると、私はいよいよしゃがみこんだ。
 心臓は、まだバクバクしていた。
 だめだ……帰ろう。
 さきほど湧き上がった恐怖により、私の心は、完全に挫かれていた。出直そう。今日はダメだ……。
 私は、立ち上がると踵を返し、停めてある車の方へ早足で戻った。
 まあ、トカゲモドキは見れなかったけど、まだ明日があるから……、
 そう思って、ドアを開けようとしたその時である。
 ドアに手を伸ばす動作で不規則に揺れた懐中電灯が、すぐそばの路上にいた「それ」を一瞬照らし出した。
 あれっ?
 あのシルエットは、あの手の尻尾は、なんだか見覚えがある……。
 ひっかかりを覚えてもう一度その場所に懐中電灯を向けた私は、刹那、歓喜の声を上げた。
「うわっ、いた!!」
 そこにいたのは、まさしくクロイワトカゲモドキなのだった。
 ぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぅ!!
 瀬戸際でのまさかの邂逅。2秒前までの無気力が嘘のようにテンションがうなぎ登りする私。
 いる! いる!
 ずっと会いたいと思っていた生物が、今目の前にいる!!
 なんだか夢を見ているみたいだった。
 思わず、撮影も忘れて凝視してしまう。
 けっこうでかいな。尻尾が斑模様だから、これは再生尾か……。
 と、トカゲモドキが懐中電灯の灯りを不快に思ったのか、もそもそと動き出す。
 あ、いけない、逃げてしまう。
 私は、慌ててカメラを取り出した。
 が、しかし。この瞬間までほとんど放心状態だった私の動作は、ワンテンポ遅れていた。そして、野生のトカゲモドキの動きは、当たり前だが敏捷だった。私とカメラのオートフォーカスは、はその動きに追従することができなかった。
 慌ててシャッターを切って、撮れたのが次の写真だ。
クロイワトカゲモドキ1
 後ろ姿。しかもピンぼけ。
 次のシャッターを切ろうとしたときには、トカゲモドキは側溝の中に姿を消していた。
 残念。
 いや、しかし。会えた。会えたよ。
 夜の森に抱いていた恐怖心などどこ吹く風、口笛なんて吹きたい気持ちになって、私は帰途についたのだった。

ネオパーク・オキナワ

 次の日の日中は、名護市にあるネオパーク・オキナワというところに行った。
 ヤンバルクイナを見るためである。ネオパーク・オキナワには、ヤンバルクイナの展示施設があるのだ。
 もちろん、やんばるにいるのだから、頑張れば野生のヤンバルクイナを見ることができる可能性はあった。が、トカゲモドキでも1匹がやっとだったのだ。実質あと1日の滞在で、活発な鳥類をしっかり観察できるかどうかはわからなかった。そこで、とりあえず飼育下のものでも、現物を見ておくことにしたのである。
 巨大なバードケージの中を歩くスタイルのパーク内は、鳥との距離が異常に近かった。
 こんな感じだ。
ネオパークバードケージ
 ありがたみがなくなるくらい、鳥がすぐ近くにいる。この鳥たちの間を縫って歩くのである。

クジャク

クジャクが足元を駆け抜けていく

 そしてなぜか、バードケージの外でも、鳥が微妙な形で風景に溶け込んでいた。
バリケン

園内をうろつくバリケン

 こんな感じだ。ほとんど猫の構図である。
 しかし、もちろん、ヤンバルクイナはこんなルーズな形では飼われていない。他の鳥たちが放鳥されている場所とは別の、人の入れないケージで(しかも別料金で)展示されている。
 思ったより、白い。
 なぜかもっと全身真っ黒なイメージを持っていたのだけれど、実物のヤンバルクイナは、思ったより白い部分のある鳥だった。実物を見るのはやっぱり大事だ。
 しかし、建物内は写真撮影禁止ということで、写真を撮ることはできなかった。
 なお同じ建物の中では、セマルハコガメやリュウキュウヤマガメも展示されていたのだが、それ以外に、初見ではなんだかよくわからないカメも展示されていた。ヤマガメにしてはボリュームがあるけれども、ハコガメにしてはゴツゴツしている。なんだこれ? と思って案内板を見ると、セマルハコガメとリュウキュウヤマガメの雑種、と書いてあった。本来分布域の重ならない両者だが、人為的な移入によって、交雑個体が生まれていると聞いたことはあった。なるほど、これが「それ」か。うっかり、「かっこいいじゃん」と思ってしまうが、すぐに打ち消す。そういう楽しみをするのは飼育ケースの中だけで十分である。自然界での人為による交雑など、あってはならないことだ。
 ネオパークをひとしきり見学した後は、前日同様ホテルに戻って昼寝をする。

最後の夜

 陽が沈むと、再びやんばるへと車を走らせる。今夜こそ、トカゲモドキの姿をばっちりカメラに収めるのだ。昨夜は慌てていてうまく写真が撮れなかった。トカゲモドキ屋としてはともかくブロガーとしては、このままでは引き下がれない。リベンジである。
 意気揚々と林道へ向かう。昨日の邂逅により、夜の森に対する恐怖心など消し飛んでいた。トカゲモドキをもう一度見つける、という気持ちだけが膨らんでいた。
 ……はずだった。
 レンタカーのステレオからは、FMが流れてくる。USBポートがついていなくて自前の音楽を聴けないので、代わりにラジオを聴いていたのである。陽気なダンスミュージックで気分を盛り上げるつもりだった。ところが。いつの間にか、ラジオからはなにやら不穏なBGMが流れている。パーソナリティの声が妙におどろおどろしい。
 なんだ?と耳を傾けると、なんと怪談話のコーナーが始まっていたのだった。うそでしょ。なんというタイミングか。これから夜道を歩くというに。私はそっとラジオを切ったが、うっかり1つの話を最後まで聞いてしまった。昨日の僕がまた顔を出す……。
 いや、しかし。今日ばかりはそんなものに負けるわけには行かないのだ。
 なんのためにテイラートカゲモドキ1匹分の金を払って沖縄まで来たというのか。
 昨日と同じ場所に車を停め、ライトを消す。目の前に広がる闇に背筋がぞわぞわするが、めげずに懐中電灯を点けて運転席のドアを開ける。バタバタバタッと車の屋根に木から雫が落ちて肝を冷やすけれども、頑張って車から降りる。
 すべてはトカゲモドキのためである。
 いくぞ。
 夜の林道を歩く。
 日中雨が結構降ったので、カエルの類も見られるのではないかと思ったけれども、こちらは不発。両生類を見るのは、梅雨時とかもっと雨の降る時期の方がいいのかもしれない。でもやっぱりカタツムリはたくさんいた。
 道端をくまなく懐中電灯で照らす。
 リベンジの機会は、意外に早く訪れた。
 30分ほどの探索で、この日はそうそうに、トカゲモドキを発見したのである。
 側溝の縁ぎりぎりのところに、昨日より少し小さい個体がいた。
 観察は昨日した。今日は撮影だ。
 よしっ。
 私は素早くカメラを構え、懐中電灯でトカゲモドキを照らすと、シャッターを切ろうとした。
 しかし、またしてもトカゲモドキの方が早い。小さなトカゲモドキは、あっという間に側溝の中に姿を消してしまう。
 ああっ。
 思わず声をあげる私。あろうことか、シャッターを一度も切らずにチャンスを逃してしまった。
 なんてことだ。
 ところが、運はまだ私を見放してはいなかった。
 側溝に消えたトカゲモドキを未練たらしく追いかけようと、一歩を踏み出したその足元から、ちょろちょろともう1匹が駈け出したのである。
 新しい個体は、数十センチ走って立ち止まった。そのまま、じっとしている。
 今だ!
 私は今度こそとカメラを構えた。トカゲモドキは動かない。じっくりピントを合わせる余裕がありそうだった。
 が、しかし。今度は、ホワイトバランスがうまく行かない。懐中電灯の灯りで照らすと、画面が緑色になってしまうのである。
 ええい、くそ。さすがに、ホワイトバランスを今更調整している時間はくれないだろう。私はしかたなく、緑色の画面のままシャッターを切った。
 頑張って調整してみたが、RAWデータがないのでこれが限度。

クロイワトカゲモドキ

やっと会えたクロイワトカゲモドキ

 今度は完全に、機材の不備なのであった。夜の撮影は難しい。それでも、ピンぼけでない写真を撮ることができたのでひとまずは満足する。
 というよりは、翌日は早起きして那覇まで運転して帰らないといけないので、それほど粘ることができないのであった。そしてなにより、夜の森にびびっていたのである。
 2匹目のトカゲモドキが、ゆっくりと歩いて行くのを観察する。よく見ると、他の多湿系のトカゲモドキのように、身体に対して足が長い。申し訳程度のニシアフの足とは大違いである。そりゃあ、走るのも速いよなぁ、と思う。
 トカゲモドキが藪の中へ姿を消すのを見送って、私は車に戻った。
 写真は不発だったけれども、やっぱり気分は高揚していた。
 好きな生き物を、自然の中で発見する喜びは、やはり、なにものにも代えがたい。農業畜産を始めて数千年が経っても、やはり私たちの脳には狩猟採集民だったころの記憶が刻まれているのだ。
 野生のトカゲモドキから元気をもらい、私は清々しい気分で帰路についた。

 以上が、今回の旅の顛末である。
 結論としては、トカゲモドキが見られてハッピー、ということになる。
 ただ、反省点はなくもない。
 事前に情報を集めてはいたものの、いざ現地に入ると、道に迷うこともよくあったし、「もっと見られるポイント」を見逃している可能性はおおいにある。
 少しのことにも、先達はあらまほしきことなり。
 トカゲモドキそのものは、行けばまあ見れるだろうけれども、効率を考えれば、行かれる際は、やっぱりガイドを付けた方がいいと思われる。今回私は適当にホテルをとったので、実際に確認したポイントまではけっこう車を走らせなければいけなかった。あらかじめポイントのわかる人に聞いておけば、そのようなロスもなくなるだろう。
 やはり生き物をみたいなら、その地の自然をよく知っている人と、友だちになっておくべきである。
 その手間をかけてでも、沖縄の自然には見る価値がある、と4日間山を歩いてしみじみと感じた。
 この自然は、大事にしないといけないね。

1986年生まれ。幼少期より生き物と戯れて育つ。2011年、東京農工大学農学部獣医学科卒業。同年より小動物臨床に従事。在学中から、WordPressを利用してブログを書き始める。ニシアフリカトカゲモドキと出会った2014年に内容を一新、爬虫類ブログ「とかげもどきのしっぽ。」を立ち上げ、現在に至る。ニシアフリカトカゲモドキをはじめ、多くの爬虫類と暮らしている。

 - 爬虫類スポット探訪