動物を飼う動機にもいろいろある

      2016/02/05

 私は今、猫と爬虫類を飼っている。
 ともすれば「ペット」という言葉で一括りにされがちな両者だけれども、私がそれぞれの動物を飼う動機は、まったく異なっている。
 爬虫類を飼うのは、子どもの頃の昆虫採集の延長である。子どもの頃、公園の石の下にいるダンゴムシを集めたり、植えられていたミカンの木についているアゲハの幼虫を集めたりすることからはじまった私の採集体験は、次いでチョウやトンボやバッタといった高度な昆虫採集に移行し、最終的に用水路のイモリやカエル、畦道に表れるヘビやトカゲを対象とするようになっていった。捕まえた動物を持ち帰って飼育し、観察するのが幼少期の大きな楽しみのひとつだった(すぐに飽きる、という難点はあったが)。その延長で、外国産の珍しい爬虫類を見てみたい、という思いから、熱帯魚店などで売られている爬虫類を買って飼育するようになったのである。
 だから、私の爬虫類飼育は、虫好きが昆虫採集をする動機と同じもので基礎づけられている。すなわち、蒐集欲と学術的興味である。見知らぬ爬虫類の生態を観察してみたいという興味、たくさんの種類をずらりと並べ、自室に「生きた図鑑」を構築したいという欲求。それらの合わさったものとして、私の爬虫類飼育は行われている。私が色柄の異なるニシアフリカトカゲモドキを集めているのは、虫屋が全国のオサムシを集めてまわるのと同列の行為なのである。他に近いものを挙げるとすれば、切手やコイン、レコードやアンティークの蒐集、といったあたりになる。
 つまり、私にとって爬虫類は愛玩動物ではない。結果的に愛玩しているように映ったとしても(ニシアフリカトカゲモドキは可愛いと、これは声を大にして言いたいが)、それは二次的な感情であり、爬虫類を飼う動機ではないのである。愛玩するのが目的ならば、こんなに何匹も飼う必要はない。
 一方で猫は、これは完全に愛玩用である。膝に載せてモフり倒してストレス発散するために、私は2匹の猫を飼っている。健康に飼育するための生理学的・行動学的知識は求めるが、正直なところ、ミアキスと呼ばれる古代の哺乳類から進化したとか、5000年ほど前からエジプトで飼われ始めたとか、そういう知識にはあまり興味がない。学術的なことはどうでもよくて、元気でモフモフさせてくれればそれでよいのである。だから、トカゲモドキと違ってたくさんはいらない。キャパシティに余裕があったとしても、今の2匹がいれば十分である。1度に100匹の猫をモフれるわけではないからだ。
 このように、一言で動物飼育といっても、その動機にはいろいろなものがある。だから、自分がある動物を愛玩動物的に飼っているからといって、同じ動物を飼っている他者が同じように愛玩していると決めつけるのは誤りだし、逆もまたそうである。相手が自分とは違う動物を飼っている場合には、なおさら注意して接しなければならない。
 トカゲを飼っていると言うと、「一緒に寝るの?」と訊かれたりする。
 寝るわけないだろ。

1986年生まれ。幼少期より生き物と戯れて育つ。2011年、東京農工大学農学部獣医学科卒業。同年より小動物臨床に従事。在学中から、WordPressを利用してブログを書き始める。ニシアフリカトカゲモドキと出会った2014年に内容を一新、爬虫類ブログ「とかげもどきのしっぽ。」を立ち上げ、現在に至る。ニシアフリカトカゲモドキをはじめ、多くの爬虫類と暮らしている。

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