爬虫両生類疾病研究の砦――麻布大学病理学研究室

      2016/05/05

 爬虫両生類というマイナな生き物の飼育者は、今まで、マイナゆえの様々な困難に直面してきた。餌が手に入らない、飼育器具が手に入らない、そもそも生体が手に入らない。飼育者の生息密度が低すぎるせいで、爬虫両生類関連のあれこれは物流の網からこぼれ落ち、すくい上げられたとしても、採算に合わないと捨てられる。そんな時代が長く続いた。
 近年、状況は大きく改善し、よほど辺鄙な田舎でなければ、爬虫両生類関連の品物を手に入れることができるようになったが、未だにひとつだけ、全国的に取り残されているものがある。
 それは医療だ。
 通信販売によって冷凍マウスやフルスペクトルランプを購入できるようになった現在でも、少なからぬ爬虫類飼育者が依然として、「何かあったとき、診てくれる獣医が近くにいない」という悩みを抱え続けている。ひところに比べれば増えてきたとはいえ、爬虫両生類を診療できる獣医師はまだまだ少ない。医療レベルも十分とは言えず、犬や猫に比べ、爬虫両生類の獣医学は、はるかに遅れた状態にある。その充実は、爬虫両生類飼育者の切なる願いだ。
 そんな中、爬虫両生類の感染症研究に精力的に取り組む研究室がある。
 麻布大学獣医学部獣医学科の病理学研究室である。
 野生動物の感染症ハンターとの異名を持つ宇根有美教授の在籍するこの研究室は、カエルツボカビ病やヒョウモントカゲモドキのクリプトスポリジウム症など、様々な感染症の研究を行い、成果を挙げてきた。全国から爬虫両生類の病性鑑定の依頼が集まる、日本の爬虫両生類疾病研究のまさしく砦と言うべき存在である。爬虫両生類飼育というホビーの立場から見れば、爬虫両生類関連のもっとも重要な研究を行っていると言ってもいいだろう。
 そこで、私は研究室にお邪魔し、研究内容についてお話を伺うことにした。

きっかけは動物由来感染症

 横浜線の矢部駅から、歩いて5分ほどのところに麻布大学はある。キャンパスの中央付近にある獣医学棟5階の北側の一角が、病理学研究室だ。
 ホルマリン固定した体組織から薄い切片を作り、様々な染色を施した後、顕微鏡で観察してそこに起こっている変化を調べるのが病理の基本的な作業。研究室のドアを開けると、標本を作成するための試薬の入ったガラス容器や、できあがった標本を観察するための顕微鏡がずらりと並んでいるのが目に入る。
 それらの間を通り抜けて案内された居室の一角で、爬虫類研究の中心人物である宇根教授にお話を伺うことができた。
 と、いきなり、意外な事実が判明する。
 宇根教授は、根っからの爬虫類好きではなかった、という事実である。
 これだけ精力的に研究を行い、自身の研究テーマのひとつの柱にしているくらいだから、きっともうマニアの域なんだろうと私は勝手に思い込んでいた。けれども実際は、マニアどころか、「ツノガエル」がどんなカエルかもわからなかったくらい、爬虫両生類とは縁遠い人だったのだ。
「実は、爬虫両生類のことってぜんぜん知らなかったんですよ」
 爬虫類のブログをやっていて、お話を伺いたいんですと、あらかじめメールで伝えてあった取材主旨を繰り返す私に対し、宇根教授は苦笑しながらそうおっしゃった。
 もともとは犬猫を研究対象として卒論を書き、卒業後は産業動物を相手にしてきた。そのため、種や飼育に関する知識は、はじめはほとんど持ち合わせていなかったそうだ。爬虫類が好きだから、大学で爬虫類の研究をはじめたわけではなかった。
「だから、ツボカビのときも大変だったんですよ。ツノガエルのペパーミントがどうとか、ぜんぜんわからなくて。……あれを見て、カエルの種類を覚えたりしていました」
 指差す先には、カエルのフィギュアを並べたコレクションボックスが。
 今も、病気・病原体のことは把握しているが、種類や生態などについては、その都度勉強しているという。
 では、どうして爬虫両生類に関心を持ち、チーターやサルと並んで、自身の研究テーマのひとつの柱に据えるようになったのか。
 きっかけは、2001年頃、厚生労働省が立ち上げた動物由来感染症の対策チームに参加したことだそう。
「その頃、日本にどれくらい生きた動物が輸入されているのか、しっかりした統計もありませんでした。そこで、我々でアンケート調査をしたところ、全部で200万頭くらいの動物が輸入されていて、そのうちの半分が爬虫類だ、ということがわかったんです」
 日本に食用であるとか餌用であるなど、経済動物として輸入されてくる爬虫類はいない。だからその100万頭の爬虫類は、みなペットとして入ってきているはず。ということは、それらは潜在的な小動物臨床の対象となる。ところが、それだけの数が入ってきているにも関わらず、獣医学教育では、爬虫類の診療についてまったくカバーできていない。それは、ちょっとまずいんじゃないか?
 そう考えたことから、爬虫両生類の研究に関心を持つようになったのだと宇根教授は言う。
 また、同じ頃に、教え子が、輸入されてくるカメにしばしば大量死が起こることを問題提起。それが、病理学研究室として爬虫両生類の感染症研究に取り組むきっかけになっていった。
 そうして、麻布大学病理学研究室の爬虫類研究ははじまったのである。
 以降、外部から病性鑑定の依頼を受けいている関係で、次第に爬虫類の検体が集まるようになり、これまで担い手のいなかった爬虫両生類の疾病研究の受け皿の役を担うようになっていく。カメのヘルペスウイルス感染症を皮切りに、フトアゴヒゲトカゲのアデノウイルス感染症、ヘビのパラミクソウイルス感染症など、様々な感染症を解き明かしていくようになる。
 それほどの成果を挙げ、麻布の卒業生に訊いても、「宇根先生でしょ。ツボカビやってる人っすよ」と返事が返ってくるようなお方が、はじめはツノガエルもご存じなかった、ということに私は驚いたが、けれどそれは裏を返せば、本気で取り組めはそこからでも10年余りでトップに立てる、ということの証明でもある。
 勇気をくれるエピソードだ。
 

できる限り、現場にフィードバックする

 研究室の来歴に続いて、現在行われている研究についてお伺いする。
 先ほども書いたとおり、宇根教授の抱えている研究テーマは、チーターの感染症、サルの感染症、爬虫両生類の感染症の3本柱である。爬虫両生類に関わるものでは、今、カエルツボカビ病と並ぶ両生類の新興感染症であるラナウイルス感染症を扱っている。世界中で猛威をふるい、ツボカビ病と同じく、地域によっては両生類を壊滅状態に追い込んでいることが懸念されるラナウイルスの国内分布やその由来を究明するため、全国からサンプルを集め、解析を続けているという。
 また、まだ詳細は明かせないようであるが、ある種のヘビの感染症の原因解明に取り組み、新種の病原体を発見するとともに、その治療法にも目処が立ちつつある、ということも伺った。
 それら、継続的に行われる研究の他に、単発の調査では、カメヘルペスウイルスによって引き起こされるウミガメのフィブロパピローマ症なども扱っているという。
 取り組みのベースとなるのは、臨床医のもとから持ち込まれる病性鑑定の依頼だ。そこで見つかった疾病のうち、重要度の高いものは研究テーマとして取り上げられる。
 もちろん、研究テーマにならなかったものが、無駄になるわけではない。
「寄せられた症例は、学生の教育という意味でも、なるべくきちんとまとめて、SCAPARAのワークショップでポスター発表させるようにしています」
 宇根教授はそうおっしゃった。
 SCAPARAとは、「爬虫類・両生類のための臨床と病理の研究会」の略称である。爬虫両生類の医療情報を交換共有することを目的とした国内唯一の研究会だ。宇根教授はその主要メンバーの1人でもある。研究テーマにならなかった症例であっても、そういう場で発表することによって、医療情報の充実に役立てているという。

研究室の様子

研究室の様子

 いずれにせよ、その根底にあるのは、臨床への効果的なフィードバックとなるように、情報を発信していきたいという思いである。
 毎年たくさんのポスター発表をするのは、国内における爬虫類の疾病の現状をリアルタイムで共有し、臨床に役立てるためだ。
 そして、ひとたび研究テーマとして選ばれれば、その疾病に関する研究は、「病理」の枠に留まらない。
 治療方法や、野外での防除方法の確立といったところにまで、踏み込んでいく。
「ここは、病理学研究室ではあるんですが、検体を見て、はい、ここにこんな病変がある、というだけではダメだと思うんですよ。やるからには、できるかぎり、その病気を治す、コントロールするところまで、もっていきたいと思っています」
 たとえば、先に挙げたカメの大量死の問題では、ヘルペスウイルスが原因であることを突き止めるのみならず、PCRによる生前診断法や、抗ヘルペスウイルス薬による治療法まで確立した。マスコミでも取り上げられたカエルツボカビ病に関しては、診断法や消毒法などをまとめた冊子を速やかに作成、配布し、事態の収束に動いている。現在進行中のヘビの感染症についても同様だ。実験者を嫌ってアタックしてくるヘビをかわしながら、研究室の学生が治療実験に取り組んでいる。
 病理の枠を越え、疾病を克服するための総合的な研究を行っているのだ。

好きなだけじゃダメ

 そのようにして、爬虫両生類医学の発展に貢献している病理学研究室。
 最後に、どんな学生に来て欲しいか、ということを訊いてみた。
 飼育スキルはあった方がいいでしょうかと尋ねてみると、やはりあれば嬉しいとのこと。感染実験にせよ治療実験にせよ、病気以外の条件をきちんと整えることができなければそもそも成り立たないからだ。
 ただし、爬虫両生類が「好き」なだけ、「かわいい」と思っているだけならば、他へ行ってくださいという厳しいお言葉も頂いた。研究室は爬虫類を可愛がる場所ではなく、あくまで研究対象として扱う場だからだ。時に生体を殺すことも必要になる。それに耐えられないようでは、研究者は務まらない。感情に流されるのではなく、冷静に研究者としてやるべきことをやれるプロ意識を持ってもらわないと困る、ということだった。
 とはいえそれは、動物を仕事にするなら、いずれ持たねばならぬ覚悟ではある。そこでめげずに、ポスト宇根を目指す若者が、たくさん育ってくれればそれほど心強いことはない、と私は思う。
 もっとも、宇根教授の退官も、もちろんまだまだ先の話。現在は、研究室で扱った症例をまとめたカラーアトラスの出版に向けて動いているそうで、精力的な活動はこれからも続いていくだろう。
 今後も、いち爬虫類飼育者として、麻布大学病理学研究室の活躍に期待したい、と思う。

病理学研究室 | [研究室] 獣医学部 獣医学科 | 麻布大学

爬虫類・両生類の臨床と病理のための研究会(SCAPARA)

1986年生まれ。幼少期より生き物と戯れて育つ。2011年、東京農工大学農学部獣医学科卒業。同年より小動物臨床に従事。在学中から、WordPressを利用してブログを書き始める。ニシアフリカトカゲモドキと出会った2014年に内容を一新、爬虫類ブログ「とかげもどきのしっぽ。」を立ち上げ、現在に至る。ニシアフリカトカゲモドキをはじめ、多くの爬虫類と暮らしている。

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