爬虫類研究総本山の一翼――京都大学動物系統学研究室

      2016/04/16

 2012年に、これまで「ニホントカゲ」として1種にまとめられていた日本本土のトカゲのうち、東日本に生息するグループが、「ヒガシニホントカゲ」として分離独立し、新種として記載された。日常生活の中で遭遇する、もっとも身近で、よく知っていると思い込んでいたトカゲについて、種の同定という生物学のもっとも基本的な理解が及んでいなかったという衝撃の事実に、国内の爬虫類愛好家の間ではどよめきが起こり、話題となった。
 その、ヒガシニホントカゲの記載を行った著者の1人が、京都大学大学院理学研究科動物学教室教授の疋田努さんである。日本語で書かれた数少ない爬虫類関連の学術書である『爬虫類の進化』を書かれた系統分類・生物地理学のエキスパートだ。
 一部では日本の爬虫類研究の総本山とも呼ばれている京都大学で、その研究活動の一翼を担っている疋田さんは、キャリア、実績ともに爬虫類研究の中心的な存在と言ってもいい。爬虫類の研究者を訪ねるこの企画において、外すことのできない人物だし、私自身、話を聞いてみたいという気持ちは強くあった。そこで、今回は京都大学を訪ね、疋田さんにお話を伺うことにした。

銀閣寺周辺のトカゲから

 京都市左京区、吉田神社や知恩寺からほど近い場所に、京都大学はそのキャンパスを構えている。知恩寺から今出川通の東に少し進むと、理学研究科のある北部キャンパスの門が見えてくる。門を入ってすぐ左手に建つのが、動物学研究室のある2号館である。階段を登り、資料が積み上げられた廊下を抜けて研究室のドアを開けると、丸顔に顎鬚を蓄えた温和な笑顔のおじさまが、私を迎えてくれた。
 学生を呼ぶのではなく、自らの手でコーヒーを用意する姿に好感を抱きながら、私はインタビューを開始した。
 まずは、疋田さんのキャリアからだ。
 前回お話を伺った宇根有美さんもそうだったが、疋田さんもまた、根っからの爬虫類好き、というわけではなかったそうである。もちろん生き物好きではあったのだが、学部時代はネズミの生態学的研究を行っていたという。卒業論文にまとめたのは、歯からネズミの年齢査定をする、という研究だ。しかし、そのうちに、研究者としての性なのか、「他人がやっていない動物を対象にしたい」という気持ちが芽生えてくる。そこで、トカゲをテーマに選んだのだという。
 もっとも、特別な理由があってトカゲを選んだわけではないそうだ。たまたま、ネズミの調査を行っていたフィールドに、トカゲがたくさんいた、だからこれにしてみよう、と考えたのだと疋田さんは言った。
 ともあれ、そうして疋田さんは、まず「生態調査」という形で、トカゲと関わることになる。ネズミの調査の傍ら、トカゲを捕まえ、マーキングして放すということを繰り返した。一定期間をおいてそれを採捕することで、野外でのトカゲの行動を調べようというわけだ。
 しかし、いざそれを行ってみると、採捕される個体が非常に少ないことに気がついた。マーキングした個体が見つかるのは1割にも満たなかったのだ。こんな調子では、十分なデータを集めることができない。研究を続けていくのは大変そうである。疋田さんはここで、最初の壁にぶつかることになる。そこへ救いの手を差し伸べたのが、現在、同じ京都大学で研究室を主催する両生類研究者の松井正文さんだった。
 疋田さんが4回生の頃、松井さんが、動物系統学研究室の大学院生として京都大学にやってきた。系統学という分野ではあったものの松井さんも当時はネズミの研究などを行っており、野外調査に出かけていた。それを手伝っているうちに、系統学をやってみないか、と疋田さんは誘われることになる。
「言われてみれば、確かに、トカゲの個体群生態学をやってどうなるの、というところはあったんですよ。ネズミだったらね、それを防除につなげるとか、展望がある。もともと個体群生態学はそういう目的から始まってるものみたいなので、そこでトカゲをやってもどうかなぁ……と。おまけに、マークして放しても採捕できない。系統学だったら、捕まえたら即標本にすればいいじゃないですか。だから、そっちに行こう、と」
 こうして、疋田さんは系統学者としてのキャリアを歩き始めることになる。
 分野を系統学に移ってみると、研究対象としてのトカゲにも俄然意味が出てくる。いわゆる「トカゲ」としてお馴染みのニホントカゲを含むトカゲ属(Plestiodon属)は、国産爬虫類の中で、同属の種がもっとも多い分類群だからだ。今なら、分子生物学的な手法を使って、要するにDNAを解析して、見た目では区別がつかないような同種の個体群同士の系統関係を調べる、というようなこともできるのかもしれないけれど、当時はまだ、形態的特徴に基づいて解析していくしかなかった。だから、形態的に識別可能な近縁種が、標本の採取しやすい国内にたくさんいる、という条件は重要だったのだ。
 疋田さんがまず手がけたのは、伊豆諸島に生息するオカダトカゲの系統関係を調べることだった。トカゲの仲間は、島嶼間で同種であっても変異が大きい。そこで、伊豆諸島のそれぞれの島のオカダトカゲを集め、系統関係を解析することにしたのである。
 ただし、はじめのうち、調査は難航した。大学院に入ってから本格的にトカゲを相手にしはじめた疋田さんは、「トカゲの捕り方」を知らなかったからである。トカゲの仲間は素早く、手で採ろうとしてもなかなかうまく捕まえられないのだ。1年ほど苦労した後、ミルワームを餌に行う「トカゲ釣り」を習得し、ようやく、スムーズにトカゲを捕まえられるようになっていく。
 そうこうしているうちに、当時研究室のボスだった日高敏隆さんが、ボルネオでの調査を申請し、そのチームに入れてもらえることになる。それをきっかけにして疋田さんのフィールドは東南アジアまで広がり、マレーシアやタイなど各地で採集調査を行うようになった。現在までに、マダガスカルを含め、6ヶ所ほどの国と地域で採集を行っている。
 こうして、研究者としてのキャリアを進めてきた疋田さんだが、もともとは、爬虫類で今のように食べていけるとは考えていなかったそうである。
「はじめはね、医科大の教員になろうと思ってたんですよ。ちょうど僕らが博士課程だった頃、全国に医科大がたくさんできてる時期で。形態学的な研究をしてたから、解剖とかなら教えられるだろうと思って。で、きっと夏休みなんかは暇だろうから、採集にはそこで行けばいいや、と」
 ところが、たまたま博士課程を修了する時期に、京都大学で助手(今でいう助教)のポストが2つ空いた。先に登場した松井さんの推薦も得てそこに応募したところ、「どういう加減か」そのポストに就くことができ、爬虫類研究者として、キャリアを続けることができるようになったという。
「ただその時は、まだあんまり論文も書けていなかったので。京都のトカゲの標本を使って、性腺の季節変化とかそういう形態学的なこととかをいろいろやってしのいでましたね」
 そこから、冒頭の発見につながるような研究が続いていくのだから、人生どうなるかわかったものではない。研究者としてやっていけるかどうかは運の要素も大きい、と言われるけれど、なるほどな、と思わせるようなエピソードである。

形態も、分子も

 さて、ここまで疋田さんの経歴を辿ってきたが、ここからは具体的な研究内容について触れてみたいと思う。
 先にも書いたとおり、疋田さんのメインテーマは、国産トカゲ類の系統分類と、それに基づく日本列島(特に琉球諸島)の生物地理である。冒頭で紹介した『爬虫類の進化』にほとんど1章を割いて解説されているので詳細は省くけれども、大陸と陸続きになったり離れたりを何度も繰り返してきた日本列島の生物相がどのように成立していったのかを、各地に生息するトカゲ属の系統関係を軸に明らかにされている。
 最近明らかになったものでは、九州の南、トカラ列島のトカゲの起源を調べたものがある。トカラ列島と奄美諸島の間には、その南北で生物相ががらりと変わる「トカラギャップ」と呼ばれる分布境界線があり、そこより北の島々には日本列島系の生物が生息し、南には琉球系の生物が生息している。トカラ列島はトカラギャップの北側にあり、日本列島系の生物が生息しているのだが、トカゲ類だけは、なぜか琉球系の種が分布しているという。そのトカゲたちがどこからやってきたのか、ということを調べ、そのうち、口之島に生息するものについては、「クチノシマトカゲ」として新種記載を行っている。
 また、台湾に生息するシナトカゲの仲間が、島の東と西で大きく異なることも、最近の調査で明らかになったという。かつて疋田さんが、緑島で採集した標本をもとに、シナトカゲの亜種として記載したものと同じグループが台湾本島の東側にも生息しており、それは、西側のグループとは遺伝的に大きく異なることがわかったそうだ。現在、東側のグループを新種として記載し直すべく、論文の執筆が進められているところだそうである。
 トカゲ属以外に大きなものでは、トビトカゲ属(Draco属)、ミズトカゲ属(Tropidophorus属)、ホソユビヤモリ属(Crytodactylus属)の系統分類を行っている。特にミズトカゲ属は、記載を行った種もいくつかあり、力が入っている分類群だそうである。
 オフレコであるためここに書くことはできないが、その他にも、いくつかのおもしろいお話を伺った。身近なところにいる爬虫類にも、まだまだ、わからないことはたくさんあるのだ。取り組んでみたら、これは確かに面白そう。
 こういった系統解析は、現在では酵素タンパク質の差異や、DNAの差異を比較することにより行われている。分子生物学の手法が発達するまでは、形態学的なアプローチをせざるを得なかったが、形態学的なアプローチは、分類ならばともかく、系統解析を行うためには情報量が少なすぎる。また、同じような環境に生息するために、系統的に大きく異なる種同士が似たような形質を持つようになる収斂進化を見破れないことがある。そのため、もっぱら分子で攻めるか、分子と形態を併用していくか、いずれかのアプローチがとられている。私が訪れた時にも、DNAを増幅するためのPCR装置が稼働中だった。
 ただし、だからと言って、形態的な特徴を見ることを蔑ろにしていい、というわけではないそうだ。
「(標本を見ることが)きちっとできてないと、分子系統やってても、これはほんとにそれなの? ってことがけっこうあるんですよ。最初の同定で間違ってることが。ジーンバンクとかでも、間違ってるのけっこうありますからね。採集場所見て、これはそんなとこにはいないでしょ、みたいな。だから分子データも、それだけだとあんまり信用できない」
 トカゲの仲間だと、頭部の鱗や体鱗列数のように種内変異のある形質を見なければ種を同定できないこともある。成体になって模様が消えるとよくわからない、とか。そのあたりをきちんと押さえてはじめて分子生物学的アプローチに進めるのであり、DNAだけあればいいから形態は見ないでいい、ということにはならないのである。もしこの分野を志すのであれば、両方をきちんと見られるように訓練していかなくてはならないだろう。

楽しい……けど食えない……けど楽しい!

 最後に、若い人へのメッセージを伺ってみた。爬虫類をやりたいと考えている人たちへのメッセージだ。
 けれど、それを訊いてみたら、疋田さんは苦笑いをした。
「いやあ、爬虫類ね。おもしろい。おもしろいですよ。……しっかし、食えない」
 研究者として食べていく、ということは、具体的には、どこかの大学や研究機関にテニュア(常勤)のポストを得る、ということに今の日本ではなるわけだが、爬虫類研究でそれを得る、というのはなかなか難しいところがあるようだ。
「あとは、今、東南アジアとかだとけっこう難しいんですよ。広域に生息しているやつもいるから、いろんな国のやつを採集しなきゃいけないけど、採集の規制とかも多くて、研究対象にできるものがすごく限られるんですよ」
 かつては、規制もそれほど強くはなかったので、各地をまわってごそっと標本を集めてきて解析する、ということもできたのだが、今は採集できる数に制限が設けられたり、国外へ標本を持ち出すことができなくなったりと、海外の生き物を研究するためのハードルが高くなっているのだそうだ。採集ができなければそもそも解析のためのサンプルが手に入らないし、標本が持ち出せなければ、サンプルを得る必要ができるたびにその国まで行かなくてはいけない。よりお金が必要だし、相手国に共同研究者がいるとしても、そちらはそちらのテーマがあるため、なかなか自由にはいかない。そのため、修士課程・博士課程で実績につながるような「できること」も昔に比べると限られてしまっているという大変さもあるのだ。
 そもそも勉強できる場所が少ない、という問題点もある。
「それでも、やるとしたら……」
 そう言って、疋田さんが候補に挙げたのは琉球大学、兵庫県立大学、東邦大学の3つだ。それぞれ、爬虫類を研究している研究室があり、系統分類や生物地理に関わる研究に携わることができる。
「あとは、行動学だと、隣の部屋の森さんですね。ヘビの行動学が専門で、行動とか生態をやりたい人は、そっちに行くといいかも」
 自らの研究室を挙げないのは、定年が近い、という事情によるものだろう。
 いずれにせよ、爬虫類研究は茨の道というのが、長年その道を歩んできた疋田さんの実感なのかもしれない。そっち方面でのキャリアを考えている人は、それなりの覚悟を持つ必要がありそうだ。
 とはいえ、冒頭のヒガシニホントカゲの発見や、最近ではミカドヤモリの仲間の大幅な分類変更があったように、爬虫類はまだわからないことが山とある分類群だ。調べるべきことは多い。思い切って飛び込む無鉄砲もいて欲しいと、私からは無責任なことを言っておく。
 なにより、絶対楽しいだろうな、と思うのだ。
 同定をきちんと行うため、形態学的な検討を行うために、系統分類学では一体まるごとの標本が必要になる。疋田さんの研究室にも、カメレオンやプレートトカゲ、ホソユビヤモリなどの液浸標本がごろごろと転がっていた。昆虫少年、恐竜少年の延長として爬虫類を楽しんできた者の目には、それはまるで宝の山のように(いや、実際宝の山だのだが)映る。大学で獣医学を学んできた今でこそ、「実験室で行う生物学」のおもしろさを理解している私だが、生き物好きとしての心は、博物館で、ずらりとならんだ甲虫の標本に胸を躍らせたあの頃のまま、「博物学」とともにあるのだ。それは、少なからぬ爬虫類好きが共有する心理であると思う。まるで博物館のような標本の山の中で仕事をするのは、絶対に楽しい!! 標本を見せてくれる度に隠しくれず表れる疋田さんのドヤ顔がそれを物語っている。

ヨシイホソユビヤモリ

ヨシイホソユビヤモリ

タスキカメレオン

タスキカメレオン

 むろん、不安定な時代で、進路にも堅実が求められることは確かだ。先に書いたとおり、運に左右される部分もなくはない。けれども、とりあえず修士課程くらいまでは、「楽しいこと」に費やしたっていいんじゃない、と私は思う。そこで運と実力があれば、活路は開けるかもしれない。
 だから本稿は、気骨のある人、頑張ってみてくれと、最後に煽っておしまいにさせていただく。
 目指せ次代の疋田努、である。

 動物系統学研究室

1986年生まれ。幼少期より生き物と戯れて育つ。2011年、東京農工大学農学部獣医学科卒業。同年より小動物臨床に従事。在学中から、WordPressを利用してブログを書き始める。ニシアフリカトカゲモドキと出会った2014年に内容を一新、爬虫類ブログ「とかげもどきのしっぽ。」を立ち上げ、現在に至る。ニシアフリカトカゲモドキをはじめ、多くの爬虫類と暮らしている。

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