有鱗目のエネルギー代謝の秘密に迫る――東京大学生体情報学研究室

      2016/05/05

「爬虫類の病気なんて、どうせ外科適応のものと感染症しか治せない」
 あるとき、お会いした愛好家の方がそんなことを言っていた。
 その言葉の通り、進歩したとは言っても、爬虫類の医療は、犬や猫のそれに比べれば、圧倒的に遅れている。できないことが多く、それ以前に、わからないことが多過ぎる。
 病気の話以前に、健康な爬虫類が、どのようなエネルギー代謝を行い、どのような生理的特徴を備えているのかも、十分にはわかっていない。哺乳類や鳥類に比べて、「医学」どころか、「生物学」的に未解明なところが多い動物なのだ。
 たとえば、ニホンヤモリは、内臓脂肪を持っていない。その代わり、肝臓に脂肪を蓄える能力を持っている。休眠に備えて栄養を蓄えたニホンヤモリの肝臓は、猫だったら死んでるな、と思えるような病的なまでの脂肪肝になっているが、それでも彼らは体調を崩したりはしない。しかし、どうやって肝臓に脂肪を動員しているのか、また、蓄積した脂肪から肝細胞をどのように守っているのか、詳しいことはわからない。
 このように、哺乳類や鳥類とも大きく異なる生理機能を持ちながら、その実態が解明されていない爬虫類を、犬や猫と同じレベルで治療することは、現時点では難しい。麻布大学で行われているような病理学的アプローチも重要だが、我々はまず、爬虫類という生き物「そのもの」をもっとよく知る必要がある。
 東京大学理学研究科生体情報学研究室の生殖内分泌学研究グループは、国内で有鱗目爬虫類(ヘビやトカゲの仲間)の生理学研究を行う貴重な研究室のひとつである。そこで私は、研究グループを指導する朴民根准教授と、2人の大学院生にお話を伺った。

有鱗目繁栄の理由を探れ

「いやあ、こういうの初めてで、何からお話すればいいかわからないのですけれど……」
 明治の情緒を漂わせた理学部棟の一角にある研究室で、照れたように笑いながら朴准教授はそう言った。
 朴准教授のもとで行われている研究内容の概略について、お話いただければ、とお願いする。
 朴さん自ら淹れてくれたハーブティーの香りに包まれながら、インタビューははじまった。
 まずは、研究を始めた経緯を伺ってみる。
「もともと、生殖内分泌学が専門なんです。大学は畜産の方で、家畜の研究をしていたんですけど、野生動物が好きで、そっちをやってみたいな、と」
 そう、朴さんは答えた。
 自分のもとで、いろいろな野生動物を飼育してみたい、という野望のあった朴さんは、「ならばうまく繁殖をさせなければいけない」という思いから、野生動物の生殖内分泌学の研究に着手する。具体的に言えば、脳にある下垂体というホルモン分泌器官に関わる研究をはじめるのである。
 その中で、有鱗目を研究対象に定めるようになった大きな理由は、有鱗目(ヘビやトカゲの仲間)が、脊椎動物の中でも、非常に繁栄しているグループである、ということだった。有鱗目に含まれる動物の種数は、脊椎動物の中では、鳥類に次いで2番目に多く、新生代においてこの世の春を謳歌しているつもりの哺乳類を凌駕している。そこまでに繁栄し、かつ多様化を成し遂げている背景には、なにか秘密があるに違いない、ということで、朴さんは彼らの研究にとりかかるようになる。
 大きな方向性は2つ。彼らの生殖生理を明らかにすることと、自ら発熱し体温を維持する機能を持たない外温動物でありながら恒温動物である鳥類や哺乳類に負けない勢力を持っている彼らの、エネルギー代謝の秘密を追求することだ。
 これまでは、ヒョウモントカゲモドキを主な対象とし、前者に関わる研究を行っていた。現在は、ニホンヤモリを主な対象とし、後者に関わる研究を精力的に行っている。
 なぜエネルギー代謝かといえば、彼らのそれは、他の動物群と比べると非常に特徴的だからだ。
 たとえばビルマニシキヘビの腸管は、餌を食べていない時、非常に萎縮した状態にある。それが、摂食後1〜2日にかけて発達し、摂食前の1.2〜2倍にまで大きくなる。その発達した腸管で食べ物を消化し、消化が終わると、腸管は再びもとの萎縮した状態に戻る。消化を行っていない時には敢えて消化管を萎縮させエネルギーを無駄使いしないようにし、餌を食べるときだけ集中してエネルギーを使うような効率化が行われているのだ。そのような特殊なエネルギー代謝のうちに、有鱗目繁栄のヒントがあるのではないか、と朴さんの研究グループは睨んでいるのである。
 では、具体的にはどのような研究を行っているのだろうか。
「今は、爬虫類のインスリンに関すること、それから、インスリンと対になるホルモンであるグルカゴンに関すること、の2つで、いろいろおもしろいことが見つかって、論文を進めているところです」
 インスリンは、ご存知の方も多いだろう。膵臓から分泌される、血糖値を下げるためのホルモンだ。これの分泌が不十分だったり、これに対する組織の反応性が低下したりすると、糖尿病になる。
 一方のグルカゴンは、逆に、血糖値を上げるはたらきを持つホルモンである。これも同じく、膵臓から分泌され、インスリンと拮抗するようにはたらく。血糖値を上げるはたらきを持つホルモンはこれ以外にもいろいろあるが、ざっくり言えば、「血糖値が上がったらインスリンを分泌して血糖値を下げ、下がったらグルカゴンを分泌して血糖値を上げ、血糖値が一定の範囲に収まるようにコントロールしている」と考えてもらえればよい。
 これら、エネルギー代謝の根幹に関わるホルモンについて、現在は研究が進められているのである。

ニホンヤモリ

取材時の研究対象であるニホンヤモリ

ヒョウモントカゲモドキ

かつてはヒョウモントカゲモドキも研究されていた

有鱗目の“先祖返り”

 それぞれの詳しい内容については、実際に研究に携わっている大学院生の2人が説明をしてくれた。
 1人目の山岸弦記さんからは、インスリンに関する研究について、説明を受けた。
「インスリンっていうのは、糖、脂質、アミノ酸いずれもを同化できる実質唯一のホルモンなんですよね」
 と、山岸さんは言った。「同化」とは、ブドウ糖やアミノ酸といった小さな分子から、グリコーゲンやタンパク質といった大きな分子を合成する反応を指す言葉である。インスリンは血糖値を下げる、とさきほど書いたが、具体的には、血糖、つまり血液中のブドウ糖を細胞に取り込ませて、グリコーゲンとして保存するようにはたらきかけているのだ。結果として、血液中のブドウ糖の量が減り、血糖値が下がる。糖質、脂質、タンパク質という3大栄養素のすべてについてこのようなはたらきを持つホルモンは、山岸さんの言うとおりインスリンひとつしかない。インスリンひとつがだめになってしまっただけで糖尿病になる、というのはそういうことで、これは脊椎動物にとっては死活的に重要なホルモンである。
「だから、インスリンの構造ってどの動物でもだいたい保存されてるんです」
 インスリンの構造が変化し、うまくはたらかなくなってしまうような突然変異を起こした生き物は、代謝がうまくいかずに死んでしまう。だから、生き残っている生き物が持つインスリンは、だいたい、同じような構造をしている。ヒト用のインスリン製剤でイヌの糖尿病を治療できるのはそのおかげだ。
 ところが。
「ニホンヤモリのインスリンのアミノ酸配列を調べると、人や他の爬虫類と比べて、全然違うことがわかったんですよ」
 インスリンはタンパク質ホルモンのひとつで、たくさんのアミノ酸が繋がってできている。タンパク質は、どんなアミノ酸がどんな順番でつながっているかによって生理活性が大きく変わる物質である。場合によっては、ひとつアミノ酸が変化するだけで、まったくはたらきを失ってしまうこともある。だから、多くの動物でインスリンのアミノ酸配列はだいたい同じなのだが、ニホンヤモリは、たとえばヒトと比べると、半分近い配列に違いがあることがわかったのである。そこには、インスリンがインスリンとしてはたらくために重要な部位も含まれている。
 なぜ、そんなことになっているのだろう?
 これは、先祖返りなのではないか、と山岸さんは言う。
「もともと、脊椎動物になる前の、頭索類(ナメクジウオの仲間)や尾索類(ホヤの仲間)はインスリン様ペプチドっていうのを持っていて、それは、細胞分裂を促したりっていう、成長促進作用を持つホルモンだったんです。脊椎動物に入って、無顎類(ヤツメウナギの仲間)の段階ではじめて“インスリン”が獲得されて、さっき言った同化作用を持つようになります。で、いわゆる魚類くらいで、哺乳類と近い形の構造を持つようになりました。そこから、哺乳類に近づくに連れて、成長促進作用が弱まって、同化作用が強まっていくんですね」
 ところが、有鱗目のインスリンの構造は、一部が無顎類にとても近いものになっているという。その構造からは、同化作用が弱まり、成長促進作用が強まっていることが考えられるのだそうだ。それを指して、「先祖返り」と言っている。つまり有鱗目は、我々哺乳類のように、インスリンを「同化」に使うことをやめた可能性があるのだ。
「有鱗目では、成長促進作用の方が重要になってきてるんじゃないかな、と今考えています」
 では、どうしてそのような“先祖返り”が、有鱗目には起こったのだろうか。
「消化管の成長を促すため、というのが今の仮説ですね」
 さきほど、ニシキヘビの例を上げたように、有鱗目では、摂食時に消化管が大きく発達する。この発達を促すためには、ちょうど、「食事」に反応して分泌されるホルモンを使うのが望ましい。ならば、インスリンの成長促進作用を呼び覚ますのが便利ではないか……。山岸さんはそう考えているという。
「それで今、論文を投稿していて。アクセプトされるかどうか、どきどき、というところなんですけどね」
 論文が出たら紹介してくださいね、と頼まれたので、ここで予告だけしておこう。
「で、ヤモリの中で見てみると、コバンヤモリ属(ニホンヤモリやトッケイなどを含むグループ)の中で、ニホンヤモリとミナミヤモリにだけあるインスリンの変異ってのも見つかったんです。今後は、その変異の意義も調べていけたらな、と思っています」
 また、冒頭で紹介させていただいたヤモリの脂肪肝の話も、実は山岸さんから伺ったもので、それに関わる脂質代謝とインスリンの関連についても調べていきたい、ということだった。
 インスリンを消化管の成長に使うようになったヤモリは、では血糖値をどのように調節するようになったのか。とても気になるお話である。

特殊な前駆体

 続いて倉形英里奈さんから、グルカゴンに関する研究について伺った。
 厳密に言うと、倉形さんが調べているのはグルカゴンの前駆体「プログルカゴン」に由来するホルモンがエネルギー代謝において果たす役割だ。
 生き物の身体の中で作られるすべてのタンパク質は、DNAにその設計図が書き込まれている。タンパク質が作られるときには、DNAからmRNAという物質に情報が「転写」され、mRNAの情報をもとにタンパク質が合成される。この流れはなかなか複雑で、DNAとmRNAとタンパク質とが、必ずしも一対一対応しているわけではない。たとえばグルカゴンの合成に関わる経路では、ひとつのmRNA(プレプログルカゴンmRNA、PGと呼ばれる)から、グルカゴンを含む3つのタンパク質が合成される。残りの2つは、「グルカゴン様タンパク質(GLP)-1、-2」と呼ばれるものである。プレプログルカゴンmRNAからは、まずプログルカゴンと呼ばれる前駆体タンパク質が合成され、これが「プロセシング」という過程を経て、膵臓ではグルカゴンに、小腸ではGLP-1、GLP-2に変換される。GLP-1、2は、それぞれ、インスリンの分泌促進、小腸の細胞増殖促進を行っている。倉形さんが注目しているのはこれらのホルモンだ。インスリンの分泌促進に、小腸の細胞増殖促進。これらのホルモンのもつはたらきは、摂食に合わせて消化管を変化させる有鱗目の代謝に、密接に関わるものと考えられるからだ。
 具体的には、ニホンヤモリのプレグルカゴンmRNAにはどのようなバリエーションがあり、それがどこで発現しているのかを調べている。
「プレプログルカゴンmRNAには、配列の異なるいくつかのバリエーションがあります。たとえば鳥類では、PLG-2のコードされていないPGAと、グルカゴン、GLP-1、2すべてがコードされているPGBという2つのパターンがあり、それぞれ、膵臓、小腸で発現していることがわかっています。ただ、その意義というのはよくわかっていません。そこで、ニホンヤモリについてもそのバリエーションを調べてみたんです」
 その結果、ニホンヤモリは、なんと5つものの型を持っていることが判明した。
 興味深いのは、5つのバリエーションのうち、倉形さんの研究で新しく見つかった3つのタイプはグルカゴンをコードしておらず、さらにそのうちの2つは、それぞれ、GLP-1、GLP-2のみをコードしていた、ということだ。前者にはPGA-2、後者にはPGB-3という名前がつけられており、両者とも、主に小腸で発現する。
 このようなタイプのmRNAは、他の脊椎動物では見つかっていない。哺乳類や鳥類、他の爬虫類では、小腸で発現するタイプのバリエーション、すなわち、グルカゴンではなくGLP-1、2の合成に使われるバリエーションは必ずGLP-1と2がセットになっていて、GLP-1、2は同時に発現している。GLP-1と2を別々に発現させることができるのは、わかっている範囲ではヤモリだけ、なのだ。
「GLP-2には、従来わかっていた細胞増殖促進作用だけでなく、膵臓でグルカゴンの分泌を促進するはたらきもあるということがわかってきています。GLP-1のはたらきは、先ほど申し上げたとおり、インスリン分泌の促進です。つまり、GLP-1とGLP-2を別々に発現させることのできるニホンヤモリは、インスリン分泌とグルカゴン分泌とを、それぞれ独立に制御することができる、他の動物に比べて、より細やかに制御することができる可能性があるんです」
 それによって、血糖値調節・エネルギー代謝の効率化がなされていることが、熱帯に適応した祖先から進化したにも関わらず、冬のある温帯域にまでニホンヤモリが進出できていることの理由なのではないか、というのが現状での仮説なのである。
「今後は、実際にタンパク質のレベルで別々に発現、変動しているのかを確かめたり、ライフサイクル、繁殖や冬眠に伴ってこれらのmRNAの発現量がどう変化していくか、を見ていくことで、その生理機能を詳しく調べていきたいと思っています」
 と、倉形さんは語った。
 インスリンだけでなく、GLPの使い方も、ヤモリの仲間は他の動物と異なっている可能性がある。では、一体彼らのエネルギー代謝はどんなふうになっているのだろう? 興味の尽きないお話だ。

生理学はおもしろい!

 取材にお伺いして初めて知ったことなのだが、実は研究グループを率いる朴准教授は、私の大学の恩師とお知り合いなのだった。「〇〇先生のところにいたのなら、こういう内容、得意でしょう?」と、だから朴さんは言うわけだが、とんでもない。私がやっていたこととはずいぶん異なる分野だったし、なにしろ内容が意外過ぎて、私は話についていくのがやっとだった。「なにか質問会ったら、どうぞ」と院生の方々に促されても内容を咀嚼するので精一杯で質問などその場で出せるはずもなく、久しぶりに、学生時代のゼミの気まずさを味わっていた。結局、先生が質問して終わるやつ。
 それでも、研究内容は知的好奇心をくすぐるもので、おもしろい、と心から思った。我々が大学で習った哺乳類の生理とはまったく異なる世界が、そこには広がっていたのだ。臨床の視点から見ても、エレルギー代謝の話は興味深い。山岸さんはニホンヤモリに加え、サバンナオオトカゲのインスリンの解析も行ったそうだが、その結果は、「輪をかけてでたらめ」だということだった。つまりサバンナオオトカゲも、インスリンを私たちとは違った方法で活用している可能性があるのだ。飼育下のサバンナオオトカゲが、気をつけていないと容易に肥満し、しかもそれが原因であっさり突然死する、というのはマニアの間ではよく知られた事実だが、その現象の影には、ひょっとしたらそのことが関わっているのかもしれない。そんな風に考えると、「その先」を知りたくてたまらなくなってくる。
 爬虫類の研究というと、つい、疋田さんのところで行われているような、分類学、系統学的研究を想定してしまいがちだ。大学に入る前の中学生や高校生、特に、生き物が大好きで博物館に足繁く通うようなタイプの生徒は、そのようなイメージばかりが強化されていくのではないだろうか。けれども、このような生理学的研究の中にも、おもしろいことがたくさんあるということをここで私は強調したい。なにしろ、飼育マニアが積み上げてきた「経験」に科学的な裏付けを与えるのは、分類学ではなく生理学なのだ。爬虫類「飼育」を趣味とする者ならば、きっとわくわくする体験ができるはずである。
「生理学の方にもね、もっと、人が来てくれると嬉しいんですけど……まあ難しいんですが」
 そんな朴准教授の思いに、ぜひとも若い人たちは応えて欲しい、と思ってしまう。
 最後に、研究者を志す若い人へのメッセージを朴准教授から頂いた。
「好きなものは信じて、最後まで成し遂げることですよ。興味を持つというのは、たくさんの情報を得ることです。情報がなくて興味を持つというのは、非常に問題が多いですね。これは好きだなと思ったら、もうそれに関する情報を集めて、分析をする。そうしてなにかひとつのイメージを持つようになったら、それを最後まで信じて成し遂げると、そういうことですね」
 勉強をすること、信念を持つこと。その2つがとても大事なことであるようだ。
 分類・生態もそうだけれど、爬虫類の生理機構にも、まだわからないことは山とある。それを解明していくことは、きっとよりよい飼育を行うために役に立つはずだ。有能な新人がこの分野に押し寄せて、たくさんの発見をしてくれることを、我々臨床医は切に願っている。

 生体情報学研究室

1986年生まれ。幼少期より生き物と戯れて育つ。2011年、東京農工大学農学部獣医学科卒業。同年より小動物臨床に従事。在学中から、WordPressを利用してブログを書き始める。ニシアフリカトカゲモドキと出会った2014年に内容を一新、爬虫類ブログ「とかげもどきのしっぽ。」を立ち上げ、現在に至る。ニシアフリカトカゲモドキをはじめ、多くの爬虫類と暮らしている。

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