御前崎市のウミガメ保全事業について

      2016/02/22

 ウミガメは、日本人にとって馴染みの深い生き物のひとつである。
 食用として、あるいは信仰の対象として、私たちはこの生き物に特別な関心を寄せてきた。浦島太郎のような民話が伝えられていることや、各地に死んだウミガメのための供養塔が残されていることは、私たちがウミガメに心理的な親しさを感じていたことの表れと言えるだろう。現在でも、産卵のためのウミガメの上陸はニュースになるし、水族館来場者、あるいはダイバーの間で、人気動物のひとつとなっている。
 そのような私たちの感覚と、日本が、北太平洋で唯一のアカウミガメの産卵地であるという保全上の重要性とから、アカウミガメが産卵に上陸する地域では、その保全活動が盛んに行われてきた。最大の産卵地である屋久島や、ウミガメの産卵地として国の天然記念物に指定されている徳島県の大浜海岸などはその代表である。しかし、その一方で、産卵観察会や子ガメの放流会ばかりが言わばレジャーとして注目され、保全活動の全体があまり知られていない、という状況もある。
 そこで、その一例を紹介するため、大浜海岸と同じく国の天然記念物に指定されている御前崎海岸の保全事業について、市役所の方にお話を伺ってきた。

活動の概要

 御前崎市による保全事業は、以下の区域で行われているそうである。

 このうち、海水浴場に隣接する部分と、御前崎灯台付近から東松沢川までの部分が天然記念物として指定されている区域だ。
 保全活動を主に担うのは市から委託された保護監視員で、現在7名が活動している。
 活動の主体は、海岸の巡視である。
 地図に記したように、保全区域は、さらに5つの区域にわけられている。この区域ごとに、担当の保護監視員が毎朝巡視を行い、産卵跡があれば確認し、産み付けられた卵を、孵化場へ移設する。基本的に、区域内で産卵された卵は、すべて孵化場へ移設するそうである。過去実験的に一部の卵を移設せず自然孵化を試みたところ、台風による高波や、野生動物の食害によって全滅してしまったため、原則すべての卵を移設するようにしているという。実際に保全区域の海岸を歩いてみたところ、確認した範囲では確かに堤防から海岸線までの距離は非常に短く、高波などで堤防付近まで水没する恐れの高い場所が多かったため、移設が妥当ではないかという印象を受けた。

御前崎海岸

保全事業の対象となっている海岸

孵化場の外観

孵化場の外観

 産卵のピーク時には、夜間の巡視も行うという。ここでウミガメを確認した場合には、カメに標識を取り付けたり、すでに標識が取り付けられていればその確認を行っているそうだ。
 また、巡視中にストランディングを見つけた際にはそれを記録し、死骸の処理および供養を行っている。
 孵化場の管理も、保護監視員の仕事である。清掃や、孵化の確認をし、孵化が認められた場合には、時間帯や天候等を考慮し放流する。孵化場は高波等の影響を受けない堤防の内側にあり、直接海とは繋がっていないからだ。
 さらに、上陸頭数や産卵頭数、産卵数、孵化数の調査・報告、ウミガメに関する注意や呼びかけも、保護監視員によって行われている。
 監視員の公募は行われておらず、基本的には在職の監視員の紹介で新任が決まるそうである。すべての監視員は行政に申請・登録された上で許可を受けて活動を行っている。
 個人の活動では対応しきれない大きな作業については、行政の対応となる。具体的には、孵化率低下防止のための孵化場の砂の入れ替えや、痩せてしまった砂浜を回復させるための養浜工事などである。2001年には、ウミガメの上陸する海岸沿いの道路照明を、ウミガメへの影響の少ない低圧ナトリウム灯に変更する作業も行われている。
養浜工事の様子

養浜工事の様子

 また、御前崎小学校では、環境教育を兼ね、児童による孵化した幼体の飼育が行われている。ウミガメは変温動物であるが活動のために高い体温を必要とする。そのため、海水温の低下は生存率を下げる要因となりうる。そこで、海水温の下がる秋口に孵化した幼体を、翌年の暖かくなる時期まで、屋内で飼育しているのである。
 なお、活動に関して特定の専門家や研究機関が顧問を務めているわけではないが、亀崎直樹氏等の専門家に適宜助言を仰いだり、監視員の方が名古屋港水族館の視察を行うなどして、情報を収集しているという。

保全活動の歴史

 御前崎市のウミガメ保全活動が始まった経緯については、近畿大学の藤井弘章准教授が詳しくまとめられていると、職員の方から伺った。近畿大学学術情報リポジトリから資料をダウンロードすることができるので、リンクを貼っておく。

〈静岡県の民俗〉静岡県のウミガメの民俗--御前崎市・伊東市における一五・六年前の調査をふまえて

 保全活動が始まったのは、浜岡町と合併する前の、旧御前崎町時代である。記録がなくはっきりとしたことはわからないが、1969年に御前崎小学校に赴任した河原崎芳郎氏が関心を持ったことがきっかけだそうだ。1971年に御前崎町教育委員会によって活動が開始され、翌72年、町に2名の保護監視員が設置されたことから本格化していったという。
 保全活動によって産卵頭数等の情報が蓄積された結果、その重要性が認知され、1977年に御前崎海岸が県の天然記念物に指定された。この頃から、台風による流出やタヌキ等による食害を防ぐため、孵化場への卵の移植する取り組みが行われるようになる。御前崎小学校が活動に関わるようになるのも同年からである。さらに1980年には、国の天然記念物として認定されるようになる。
 その後、保全活動は整備され、現在のような5区の管理区域が設けられた。1984年に常設の孵化場が完成し、現在まで続く基本的な形が整うことになる。その後も保護監視員の数は順次拡充され、現在の7人体制に至っている。

実績

 ウミガメは長命であり、かつ観測の難しい海洋に生息しているため、保全活動の成果を具体的な数字として示すことは難しいようである。ここでは、市より提供していただいたデータをもとに、上陸頭数、産卵頭数、産卵個数、孵化率のグラフを示すに留めておく。なお、浜岡町と合併後は、浜岡地区のデータも記録されているが、ここでは御前崎地区のデータのみ示している。

産卵数・孵化率

産卵個数・孵化率

上陸・産卵頭数

上陸・産卵頭数

 以上が、御前崎市によるウミガメ保全活動の概要である。
 ウミガメの保全活動というと、メディアでは産卵観察や放流会などがもっぱら取り上げられるが、それは市民に関心を持ってもらうための限定的なものであり、よりウミガメへの負荷の少ない環境の整備や、保護監視員による地道な調査・保護活動が事業の本質であることは強調しておきたいと思う。
 今回は御前崎市の活動を取り上げたが、全国各地で、それぞれに保全事業は行われている。しかし、行政が力を入れたとしても、海岸の全部を立入禁止にもできない以上、誰かの心ない振る舞いがあれば台無しになってしまう恐れがある。ウミガメたちの貴重な産卵地を守るためには、私たちの理解と協力が不可欠であることを、忘れないようにしたい。
1986年生まれ。幼少期より生き物と戯れて育つ。2011年、東京農工大学農学部獣医学科卒業。同年より小動物臨床に従事。在学中から、WordPressを利用してブログを書き始める。ニシアフリカトカゲモドキと出会った2014年に内容を一新、爬虫類ブログ「とかげもどきのしっぽ。」を立ち上げ、現在に至る。ニシアフリカトカゲモドキをはじめ、多くの爬虫類と暮らしている。

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