自切を防ぐために

      2016/02/23

 ニシアフリカトカゲモドキは、いわゆる「トカゲの尻尾切り」をするトカゲである。外敵に襲われたとき、尻尾を切って囮としてくれてやることで身を守るという処世術を身に着けている。
 切れた尻尾はしばらくすると再生するが、イモリやナメック星人と違って、トカゲの場合、まったく元通りには再生しない。イモリの手足のように幹細胞の分化によって再生するのではなく、肉芽形成から正常組織への置換という、創傷治癒の強化版で尻尾を生やしているからである。再生尾には骨はないし、色合いや模様も微妙に違ってくる。形も変わる。自切後の栄養状態によっては、ひどく不格好になってしまう。
 野生下でタフに生き残っていくためには、それでも構わないのかもしれないが、鑑賞動物としてそれを飼育している人間からすると、尻尾が元通りにならないのは困ったことである。再生尾の方がかわいい、という向きもないではないが、なるべくなら、元のままの尻尾でいて欲しい。
 だから、飼育者は、飼っているトカゲモドキが身の危険を感じて自切してしまわないように、細心の注意を払う。猫を近づけないように気を配るし、世話をするときにはなるべく彼らを驚かせないように気をつける。手に取るときはお腹の下にすっと手を入れてすくい上げるようにして、極力上から掴まないようにする。何者かに上から掴まれるのは、自然界の彼らにとっては死亡フラグ、というかすでにフラグが回収された状態を意味するからだ。そこで「ああ、死ぬ」と思ったら自切する。
 基本的に単独飼育をするのもそのためである。それほど賢い生き物ではないので、目の前でほどよい大きさのものがちょろちょろ動いていたら、餌だと思って食らいつく。それが他のトカゲモドキの尻尾であるかどうかということは気にしない。食いつかれた方が驚いて尻尾を切るリスクをなくすために、同居飼育を避けるのだ。
 イグアナやテグーなどの大きなトカゲは、成長するとそうそう尻尾を切らなくなってくる。体が大きくなると外敵と成り得るものが減って、きっと自分に自信もついてくるからだと思う。けれども、小さなトカゲモドキは、成長したからといってそれほど危機が減るわけではない。いつまでも、繊細な取り扱いをしてやらねばならぬ生き物である。
 けれども、そういった気配りも、すべて無駄なのではないかと思える瞬間に私は今日遭遇した。
 給餌の時間。ウェットシェルターを持ち上げて、シェルターの中で丸くなっていたぶなの鼻先にコオロギを差し出したところ、反射的にコオロギに食らいつこうとしたぶなは、しかし寝ぼけていたためか、狙いを逸らしてまったく別のものに噛み付いた。
 自分の尻尾。
 彼は、あろうことか自分の尻尾に噛み付いたのだ。
 いててっと顔をしかめるぶな。そして、何が起こったのかわからない、という顔で私を見るぶな。
 私は、呆れないわけにはいかなかった。
 だって、自分の尻尾だぞ。
 君たちが基本的にどんくさいのは知っている。けれども、いくらなんでもそれはないだろう。
 せめて避けろよ、尻尾。
 それで自切をすることはなかったけれど、私は思った。
 トカゲモドキがこれほどどんくさい生き物ならば、自分で自分の尻尾に噛み付いたのに、驚いて自切することも、ありうるのではないか、と。
 そうなったら、笑うに笑えない。いや、たぶん腹を抱えて笑うけど、その後ものすごい虚無感に襲われるような気がする。
 なんとも悲しい事実だが、ニシアフリカトカゲモドキという生き物は、そこまで気にかけてやらねばならぬアホの子のようである。
 彼らに餌を与えるときは、体を伸ばして、口から尻尾を遠ざけてから与えるように。
 この生き物を飼う人は、飼育書のいちばん最後に、そう書き加えておくとよいと思う。

1986年生まれ。幼少期より生き物と戯れて育つ。2011年、東京農工大学農学部獣医学科卒業。同年より小動物臨床に従事。在学中から、WordPressを利用してブログを書き始める。ニシアフリカトカゲモドキと出会った2014年に内容を一新、爬虫類ブログ「とかげもどきのしっぽ。」を立ち上げ、現在に至る。ニシアフリカトカゲモドキをはじめ、多くの爬虫類と暮らしている。

 - 飼育日記