最後のひとり。case1――パプアヒクイドリ

      2016/05/05

 動物園が、無計画・無制限に世界中から動物を収集して見世物とする時代は終わった。保全や感染症予防などの観点から国際的な動物の移送が困難になっているし、「日本でここだけの珍獣」で客を呼べる時代ではなくなっているからだ。市民に供覧するためだけに動物を野生から捕らえてきて、“使い捨て”にするということはもう許されない。動物園の限られたスペースのなかでは、保全や教育のために本当に必要な種類だけを集め、計画的に繁殖させ、場合によっては海外の動物園と個体の交流をしながら、動物園という世界のなかでその種を存続させていくことが求められている。
 けれども、かつて世界中からコレクションを集めていた時代の名残として、「最後のひとり」となった個体が存在する。その動物種のなかで、国内の飼育下個体として最後の1個体になってしまったものだ。そんな個体が、実は日本の動物園・水族館にはたくさんいる。何らかの理由で繁殖がうまくいかなかったり、そもそも繁殖させる気がなかったような種類もある。海外とのやり取りによる新規個体の導入なども積極的におこなってこなかった。そして、気づいたら「最後のひとり」になっていた、という場合がほとんどだ。
 いっぽうで、動物マニアのわたしとしては、そんな種類こそ動物園に見に行きたいと思ってしまう。死ぬまでに1種類でも多くの動物を見て写真に収めることを目標としているわたしとしては、動物園のコレクションが少なくなっていくのはものすごく悲しい。動物園には珍禽奇獣を含め多種多様な動物にいてほしいのだ。先に述べたことと明らかに矛盾している。矛盾しているのは分かっているのだが、見たいという気持ちは仕方がない。そして同時に、本当にその種は日本の動物園には必要なかったのだろうか、何とか存続させる方法があったのではなかろうか……と考える。
「最後のひとり」という問題は、動物園が抱えるさまざまな矛盾の一つを、もっとも如実に体現していることのように思える。これを考えると、未来の動物園のあるべき姿と、その矛盾のなかで、非常に悶々とした気分になる。そこで、この連載「最後のひとり」では、実際に日本で最後のひとりとなった動物たちを紹介し、その悶々とした気分を皆さんと共有したいと思う。

case1:パプアヒクイドリ

 ヒクイドリという鳥をご存じだろうか。漢字で書くと「火喰鳥」。名前の由来には諸説あるが、首筋の赤く派手な色が、まるで火を食べたように見えるからだというのが最も説得力がある。ダチョウに次ぐ最も大きな鳥の部類で、空を飛ぶことはできず、代わりに立派な脚をもち地面を速く走ることができる。その脚力を活かし、ヒクイドリの得意技は“落とし蹴り”だ。さらに足の指には大きく鋭い爪があるため、その殺傷能力は鳥類最高ともいわれ、「最も危険な鳥」の異名ももつ。頭の上には硬いカスク(とさか)があり、頭部には羽毛がなく青や赤(ときに黄色や紫まで)など極彩色の皮膚が裸出している。体はずんぐりしていて、蓑のように長く粗い真っ黒な羽毛で覆われている。鋭い目を光らせ太い足で闊歩する姿を見ると、まるで現生に生き残った恐竜であるかのようにも思えてくる。
 ヒクイドリのなかまはニューギニア島と周辺の島々およびオーストラリア大陸北部のわずかな地域に分布している。この怪鳥は、熱帯の森にひっそりと暮らしているのだ。性格は臆病で神経質。前述の攻撃性は、実は臆病ゆえの防御手段に過ぎない。攻撃は最大の防御なり、といえよう。そんな恐ろしくも愛すべきヒクイドリには3つの種類がある。第一の種は、オーストラリアヒクイドリだ。ニューギニア島南部からオーストラリアにかけて分布する。フタニクダレヒクイドの別名をもつとおり、首に赤い2つの肉垂(にくだれ)をもっている。最もメジャーな種で、体もいちばん大きい。続いて、パプアヒクイドリ。ニューギニア島北部を中心に分布する。別名はヒトニクダレヒクイドリで、お察しのとおり首の肉垂が1つしかない。最後はコヒクイドリで、最小の種だ。ニューギニア島の山間部のみに生息している。首の肉垂は小さく、カスクもほとんど目立たない。

パプアヒクイドリ

パプアヒクイドリ

パプアヒクイドリの頭部

パプアヒクイドリの頭部

 ヒクイドリは、日本でも動物園に行けば実際に見ることができる。オーストラリアヒクイドリが一般的で、全国10箇所の動物園でおよそ15羽前後が飼育されている。いっぽうのパプアヒクイドリは、ただ1園で1羽が飼育されるのみだ。つまり、この個体こそが今回の主役であり、日本における「最後のひとり」なのである。なお、コヒクイドリは世界的にも飼育例は少なく、日本では数十年前に京都市動物園で飼育された例が最後ではないかと思われる。
 さてその「最後のひとり」となったパプアヒクイドリは、現在、愛媛県立とべ動物園で飼育されている雌の個体だ。とべ動物園の「アフリカストリート」や「モンキータウン」など10のエリアに分けられた園内のうち、「オーストラリアストリート」が彼女の住まいだ。隣にはオーストラリアヒクイドリも暮らしており、2種を比べて見ることができる点でも貴重といえる。
 彼女には、以前は同種の仲間がいたようだが、もう10年以上ひとりで暮らしている。そして恐らく、今後新たに仲間が導入されることはないだろう。ヒクイドリの飼育下での繁殖は非常に難しい。気性の荒さから、雌雄を同居させるタイミングが難しく、見誤ると重大な闘争になるらしい。日本では、オーストラリアヒクイドリでは数例の繁殖成功例があるものの、パプアヒクイドリでの繁殖は成功していないようだ。つまり、愛媛に暮らす彼女も、これまでに子孫を残しておらず、今後もその可能性がないことになる。動物を擬人化して考えることは不適切なことが多いが、それにしても彼女の“気持ち”を考えるとどことなく寂しい気分になってくる。
 とべ動物園へ行ったときは、必ず彼女を訪ねるようにしている。毎回、「これが見納めかも」と思いながら見ることになる。次にいつ来られるか分からないし、考えたくないことだが動物園で暮らす命である以上いつか必ず終わりがあるからだ。しかし、そんな感情は彼女自身には関係ない。持ち前の気の強さから、写真を撮ろうと近づくわたしに歩み寄ってきて、こちらに牽制をかけてくる。主観的だが、隣に暮らすオーストラリアヒクイドリはつぶらな瞳で穏やかな顔つきなのに対し、パプアヒクイドリは目つきも鋭くどこか意地の悪そうな顔をしている。彼女のその凄味のある顔で迫ってくるから、こちらもなかなか気の休まる暇がない。こちらがしばらくおとなしくしていると、彼女もようやく諦めがつくのか、柵から離れてまた周囲を闊歩し始める。ようやくそれから写真が撮れるようになる。しばらく同じ時を過ごしたら、「次に来るときまでどうかお元気で……」そう思いながら舎を離れることになる。
 ヒクイドリのような大型の鳥は放っておいても比較的長生きする。すなわち、リスクを負ってまで繁殖に挑戦する必要もないし、すぐにコレクションが減って困るということもないように思える。「一般的」と書いたオーストラリアヒクイドリのほうも、国内で繁殖したという話はまったく聞かない。油断すると、パプアヒクイドリと同じ道を歩んでしまうだろう。それでいいというならいいのかもしれないが、やはり、ヒクイドリのような奇抜で魅力的な鳥類は、動物園にいてほしいと思う。難しいのは覚悟のうえで繁殖に挑戦し、この種の国内での存続を本気で考えてくれる動物園が出てきてはくれないものだろうか。

綿貫宏史朗
1986年熊本県生まれ。東京農工大学獣医学科を卒業後、京都大学霊長類研究所に勤務。現在、同研究所の研究員および公益財団法人日本モンキーセンターにて学術部所属キュレーター(兼任)を務める。学生時代より動物園マニアとして活動を展開し、国内外の約200ヶ所の動物園・水族館を訪問。2009年よりNPO法人市民ZOOネットワークの理事も務める。

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