方舟の中のウーパールーパー

      2016/03/23

 メキシコサラマンダーという生き物をご存知だろうか。
 名前の通りメキシコに分布する、大型のイモリの仲間だ。

メキシコサラマンダー

メキシコサラマンダー

 再生能力が高く、手足を切り落としても目玉を繰り抜いても、そっくり元通りに完璧に再生することができるので、再生医療の基礎研究に用いる実験動物として、世界中で飼育されてきた。
 彼らは、ちょっと変わった性質を持っている。
 イモリの仲間は、カエルと同じように、オタマジャクシ(幼生)の時代を経て大人になる。卵から孵った幼生は、一定の期間を水中で過ごすと、変態し、大人の姿になって上陸してくるのである。しかし、メキシコサラマンダーは、幼生のまま、変態せずに一生を過ごす。変態しないことがある、のではなく、基本的に変態しない。それでも性成熟し、卵を産む。とても変わった生き物なのである。
 変態しないので、彼らはいつまでも、幼生の特徴をその体に備えている。
 丸い顔。笑っているような口、顔の両側に離れてついた点のような目。首の両側に生えたひらひらとした外鰓。実験動物として大量に養殖されてきた結果として、色素のない真っ白な体も手に入れた。それらの特徴が、かわいらしいと人々に受け入れられ、彼らは今では、ペットとして広く飼われるようになっている。ペットショップやホームセンターで、誰でも一度は、その姿を見たことがあるはずである。
 え、そんな名前の生き物見たことがない、という人は、「ウーパールーパー」という名前を思い出して欲しい。この名前で売られている生き物の正体こそが、メキシコサラマンダーなのだ。
 人気に火を点けたのは、日清食品である。
 1985年に日清食品がインスタント焼きそば「U.F.O」のCMにこの生き物を登場させると、その愛らしい容姿がそれこそ宇宙生物のようだと大人気になり、キャラクターソングが作られるまでになった。そのおかげで、生き物に関心のない人たちの間でも、この生き物のことが認識されるようになった。フトアゴヒゲトカゲのことをイグアナと呼び、イグアナのことをカメレオンと呼ぶような人たちでも、ウーパールーパーならたいていは知っている。CMに使われたおかげで、メキシコサラマンダーは、間違いなく、日本でもっとも有名な外国産の両生類となった。
 しかし、彼らが元来どのような生き物であるか、ということは、残念なことにあまり知られていない。手足を切ってもまた生えてくる、ということも、ストレスに対する反応としてその再生機構が暴走し、「指が増える」ということも、適切な刺激を与えると、できそこないの海坊主みたいな姿の成体に変態する、ということも。カエルと同じ両生類である、ということを、知らない人も多いだろう。
 そして、野生下では絶滅の危機に瀕している、ということも。
 人工繁殖した個体が大量に流通しているので、日本国内にいると気が付きにくいが、メキシコサラマンダーは、開発によってその生存が脅かされている。かつてはメキシコ盆地内のいくつかの湖に生息していたが、埋め立てにより生息地は大きく損なわれてしまった。現在では、ソチミルコ湖とその周辺の運河に、わずかに生息域が残るのみとなってしまっている。そればかりではない。そのわずかな生息域の中でも、ここ数年の調査では、まったく発見されていないのだ。絶滅するかもしれないと危惧されているどころか、すでに野生下では絶滅してしまったかもしれないと危惧されている状態なのである。
 そのため、商取引は厳しく制限されており、外国から日本へ、メキシコサラマンダーを連れてくることはほとんどできなくなっている。今、日本で見ることのできるメキシコサラマンダーはすべて、国内で繁殖させられたものだ。
 メキシコサラマンダーの姿は、もう水槽の中でしか見ることができないのではないか、という懸念は、かなり現実味を帯びてきている。状況は、ほとんどトキと変わらない。
 知ってほしいのは、そんな状況下では、飼育下個体の存在が重要になってくる、ということだ。
 もちろん、実験動物として、少数の親から繁殖させたものたちの末裔であるから、いくら数が豊富であるとはいっても、遺伝子の多様性が限られていることは間違いない。野生下の多様性がそのまま飼育下個体群に受け継がれている、とは考えにくいだろう。アルビノなどの色変個体は、そもそも再導入には使えない。けれども、もし、野生個体がすでに絶滅してしまっているのだとしたら、再導入するための個体の供給源は、彼らの中に求めるしかない。将来、生息域の環境が改善し、「よし、じゃあここにメキシコサラマンダーたちを呼び戻そう」となったときに、希望の星となるのは飼育下の個体たちなのである。
 今、メキシコサラマンダーたちが飼育されている水槽は、すべて、彼らにとっての「ノアの方舟」であると言える。ノアはもちろん飼育者だ。ほんのちょびっとずつではあるけれど、私たちは、次世代へ種を運ぶ、という責任を担っている。
 ペットショップで見惚れたのならもちろん、クレーンゲームで取れてしまったのだとしても、一度彼らを手元に置いたのなら、その認識を持って、飼育にあたって欲しいと私は思う。繁殖に取り組め、というわけではない。ただ、大切に飼育して欲しい、と思うのである。

1986年生まれ。幼少期より生き物と戯れて育つ。2011年、東京農工大学農学部獣医学科卒業。同年より小動物臨床に従事。在学中から、WordPressを利用してブログを書き始める。ニシアフリカトカゲモドキと出会った2014年に内容を一新、爬虫類ブログ「とかげもどきのしっぽ。」を立ち上げ、現在に至る。ニシアフリカトカゲモドキをはじめ、多くの爬虫類と暮らしている。

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