動物に触ったら手を洗うこと

      2016/04/09

 西アフリカ諸国で発生したエボラ出血熱の大流行は、ようやくいくらか、終息の兆しを見せてきました。もっとも被害の大きかったリベリア、ギニア、シエラレオネの3カ国のうち、リベリアとシエラレオネでは終息宣言が出されています。絶望的な勢いで感染が拡大していた流行当初に比べれば、状況はだいぶ改善してきたと言えるでしょう(シエラレオネ 11月7日付でエボラ出血熱終息宣言 - NEWSALT(ニュースソルト))。
 とはいえ、ギニアでは最近21日間で4人の感染者が確認されており、未だ安心することはできません。感染源となる動物の特定、ワクチンや治療法の開発など、やるべきことは山のように残されています。
 エボラ出血熱以外にも、注意を要する感染症はたくさんあります。昨年からアラブ地域で発生している中東呼吸器症候群(MERS)や、昨年69年ぶりに日本国内で発生したデング熱、未だ世界中で猛威を振るい続けている狂犬病に、新型発生の記憶も新しいインフルエンザ。数え上げればきりがありません。
 これらの感染症に共通するのは、「動物が感染源」ということです。エボラ出血熱の今回の流行では、オヒキコウモリが感染源だったのではないかと疑われています(エボラ出血熱、西アフリカでの流行に至った「最初の感染源」とは(研究結果))。MERSの病原体であるMERSコロナウイルスはヒトコブラクダ由来であることがわかりました。デング熱ウイルスは蚊が媒介します。狂犬病ウイルスは犬やその他の哺乳類の唾液を介して感染し、インフルエンザは、豚の体内で鳥由来のウイルスと人由来のウイルスが混ざり合うことによって新型が生まれると考えられています。どれもこれも、その流行に動物が関わっているのです。
 このように、動物が感染源となる感染症のことを、「動物由来感染症」と呼びます。
 ここ50年から100年ほどで新しく知られるようになった、いわゆる新興感染症と呼ばれる病気のほとんどは、動物由来感染症です。
 それは、故なきことではありません。というのは、動物と微生物は、実に微妙なバランスの上で付き合っているものだからです。
 目に見えないので意識することは少ないですが、私たち人間も含めて、すべての動物の体には、様々な微生物が住み着いています。これらの微生物は、それぞれの宿主の体の中では、特に悪さもせず、まあまあうまく折り合いをつけてやっています。けれども、その「折り合い」は、長い時間の中で、宿主と微生物とが何度も衝突しあってどうにかこうにか辿り着いた妥協点に過ぎません。比喩的な言い方を許してもらえるならば、動物の方は、どうすればその微生物を制御できるのかを長年の経験で理解しているし、微生物の方も、どこまでだったら宿主の体を壊さないかを学んでいるので、かろうじてトラブルにならずに済んでいるわけです。そのため、微生物も、宿主である動物も、普段付き合っているのとは違う相手に遭遇すると、「どうふるまっていいのかわからない」状態に陥ります。その結果、微生物たちは暴走し、動物の方はそれについていけなくなってしまうということが往々にして起こります。
 ヘルペスウイルスがいい例でしょう。人の単純ヘルペスウイルスは、人の体の中にいるときには、免疫力が落ちた時に口唇ヘルペスを引き起こすくらいで普段はおとなしくしていますが、サルの体の中に入ると致死的な感染症を引き起こします。逆にサルのヘルペスBウイルスは、サルにはほとんど無害ですが、人に感染するとやはり致死的な感染症を引き起こします。動物と微生物の関係は、概ね「そういうもの」であるわけです。
 これが、動物由来感染症の発生するもっともざっくりとした「理由」です。要するに動物由来感染症とは、人間が動物と接した場合に、ほとんど構造的に発生する現象といえるのです。
 異種の動物を自らの生活空間に招き入れる動物飼育という趣味は、そのリスクを自ら招き寄せる行為であるとも言えます。
 だからこそ、動物を飼う人は、微生物の存在について、より意識的にならなくてはいけません。相手が、どんな微生物を飼っているのかわからない野生動物であるならなおさらです。
 動物を触った後は必ず手を洗うこと。
 動物の飼育器具を、台所のシンクで洗わないこと。
 排泄物は即座に片付け、放置しないこと。
 定期的に飼育設備の消毒をすること。
 傷や粘膜といった感染に弱い部位を動物に晒さないこと。
 新しく導入した個体には検疫期間を設けること。
 当たり前と言えば当たり前のことですが、異種の微生物を体の中に入れないよう、こういった基本的なことを徹底して欲しい、と思うのです。
 感染したって、そんなの自己責任だし、という人もいます。
 でも、今回のエボラ出血熱流行の最初の感染者とされる少年が、本当にオヒキコウモリの棲む木の洞でエボラウイルスに感染したのだとしたら、彼の行動は、最終的に個人では責任の取りようのない事態を招いてしまったことになるわけです(彼に責任がある、と言っているわけではありません)。
 これは極端な例ですけれど、私たちが、その少年と同じ存在にならない、という保証は、どこにもありません。飼育動物からなんらかの病気をもらう、というのは、それと地続きのできごとなのです。
 くれぐれも、衛生管理には気を配って欲しいと思います。
 お前もな、という声が、たくさん聞こえてきそうですけど。

1986年生まれ。幼少期より生き物と戯れて育つ。2011年、東京農工大学農学部獣医学科卒業。同年より小動物臨床に従事。在学中から、WordPressを利用してブログを書き始める。ニシアフリカトカゲモドキと出会った2014年に内容を一新、爬虫類ブログ「とかげもどきのしっぽ。」を立ち上げ、現在に至る。ニシアフリカトカゲモドキをはじめ、多くの爬虫類と暮らしている。

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