最後のひとり。case2――アマゾンマナティー

      2016/05/05

case2:アマゾンマナティー

 伊豆半島の東海岸、伊豆急行が走り温泉街として有名な熱川の街に、熱川バナナ・ワニ園という動植物園がある。その名のとおり、温泉熱を利用したバナナの栽培とワニの飼育をメインとしている。特に、現生するワニのなかま約20~30種のうちほとんどの種類を現在あるいは過去に飼育しており、ワニのコレクションとしては日本一を誇る。この熱川バナナ・ワニ園が今回の舞台となるわけだが、紹介する「最後のひとり」はワニでもバナナでもない。今回の主役は、ここでひっそりと暮らす、「アマゾンマナティー」だ。

 マナティーは海で暮らす哺乳類、つまり「海獣(かいじゅう)」といわれるなかまだ。大西洋を中心とした温暖な海や河川に生息する。南北アメリカ大陸の東海岸域に分布するアメリカマナティー、アフリカ大陸の西海岸に分布するアフリカマナティー、そしてアマゾン川流域にのみ分布するアマゾンマナティーの3種がある。海獣という名がありながら海水と淡水のどちらでも暮らせるのが特徴で、特にアマゾンマナティーは淡水域にのみ生息している。マナティーのなかまに近縁のジュゴン(沖縄からオセアニア、アフリカ大陸東側に至る海洋のみに分布)を加えた4種を「海牛(かいぎゅう)類」と呼ぶ。クジラやアシカ・ラッコ・ホッキョクグマなどの一般的な海獣類が肉食なのに対し、海牛類だけは完全な草食性である。コンブなどの海藻ではなく、種子植物の海草や水草を食べる。そのため、明るく・暖かく・浅い水域が彼らの生活場所となる。
 そんなマナティーという生き物について、ほとんどの人は名前くらいは聞いたことがあっても、姿を実際に見たことのある人はそれほどいないのではないかと思う。海牛類4種のうち、日本でそれらを飼育しているのはわずか4カ所の動物園・水族館のみである。アフリカマナティーとジュゴンが三重県の鳥羽水族館で、アメリカマナティーが沖縄と香川の水族館で飼育されている。そして、なかでも、長らく「最後のひとり」として暮らしているのが、熱川バナナ・ワニ園のアマゾンマナティーだ。

アマゾンマナティー

アマゾンマナティー

 このアマゾンマナティー、実は半世紀近くを日本で暮らしている。1968年の夏に南米コロンビアのアマゾン川上流域で捕獲され、アメリカのマイアミで飼育されていたところをバナナ・ワニ園が譲り受けたのだそうだ。日本に着いたのが1969年4月12日。当時推定5~6歳だったそうで、今や推定年齢50歳を超えるご長寿マナティーなのである。性別はオスで、最近「ボク」という名前をもらったらしいが、もはや気安く「ボクちゃん」と呼ぶのははばかられる。
 先述のとおり、マナティーは暖かい水中に暮らす。バナナ・ワニ園に到着直後、「25℃に調整された温泉に入れられいたって元気であった」という記録もあるように、温泉資源の豊富な熱川ではマナティーの飼育はピッタリだったのだろう。現在も温泉水を直接使っているのか、温泉熱を利用して飼育水を温めているのかは分からないが、24時間「源泉かけ流し」の温泉に浸かっているのだとしたら、何とうらやましいことだろう……。そのせいか、心なしか、50歳を超えたとは思えない綺麗な肌艶をしているようにも見える。

 アマゾンマナティーの飼育例は非常に少なく、現在は世界中の動物園・水族館でもほとんど飼育されていないようだ。日本では、熱川の個体の輸入と同じ頃から、東京・神奈川にまたがる遊園地よみうりランド(現在はアシカ館が残るのみだが、以前は海水水族館があった)にて2頭が飼育された記録がある。しかしここのマナティーたちも、2000年11月に水族館が閉館となり、それからしばらくして姿を消してしまった。
 そんな状況であるから、熱川の「ボク」も半世紀近く、ずっとひとり暮らしをしている。1968年に人に飼われるようになって以来、他のマナティーに出会ったことはないのではないだろうか。文字どおり日々「ぬるま湯」に浸かり、来園者に愛嬌をふりまくことだけが仕事という暮らしのなか、彼は何を想って過ごしていたのだろう……。

掃除中のマナティー

ちょうどプールの掃除中。当然ながら肺呼吸なので少しくらいなら水がなくても平気。地面に置かれた姿は、さながら巨大な函館名物いかめしのよう……。

 今年の1月、わたしはブラジルを訪ね、現地アマゾンで本物のアマゾンマナティーに会う機会を得た。といっても、アマゾン川は透明度が低く、陸や船の上からマナティーを見つけるのは至難の業だ。残念ながら完全に野生のマナティーを見つけることはできなかったが、野生で保護されたというマナティーたちには会うことができた。
 彼らが保護されているのは、ブラジル北部・アマゾン川流域の都市マナウスにある「国立アマゾン研究所」だ。研究機関だけでなく、一般市民が訪れることのできる動植物園や、マナティーなど野生動物の保護施設も併設されている。ここにはガラス張りの巨大な“いけす”が3つあり、大小さまざまなマナティーが悠々と泳いでいた。裏手の浅いプラスチック製の簡易プールにはまだ離乳もしていない小さなマナティーがいて、哺乳瓶からミルクをもらっていた。
 彼らの保護理由を聞くと、ほとんどが「孤児」なのだという。マナティーは先述のとおりもっぱら水草ばかりを食べる草食動物であり、そのため肉が非常に美味しいらしい。厳重に保護されてはいるものの、現在でも現地住民による密猟が後を絶たない。それによって、母親とはぐれてしまったり、母親が殺されてしまった子供のマナティーが、このように保護されるのだそうだ。世界の珍獣として動物園でもてはやしているいっぽうで、悪いと分かりつつ獲って食べる……人間はなんと罪深い生きものだろうか。

 「昔はふつうに見られた動物だったのに、今ではこんなに少なくなっちゃって!」という言葉を動物園のコレクションに対して使うが、それは実はすごく皮肉な話かもしれない。現地に行ってみると、ある種の動物にとっては、野生の状況こそがもっと深刻で、厳しい状態にあるのがよく分かる。動物園が必死に保全活動を進め、環境問題を訴えているのにもかかわらず、だ。
 飼育下はまだしも、野生も含めてほんとうの「最後のひとり」にならないよう祈りたい。熱川の「ボク」の長寿を願いつつ、そう思った。

(参考文献:熱川バナナ・ワニ園(1989)熱川バナナ・ワニ園30年の歩み)

綿貫宏史朗
1986年熊本県生まれ。東京農工大学獣医学科を卒業後、京都大学霊長類研究所に勤務。現在、同研究所の研究員および公益財団法人日本モンキーセンターにて学術部所属キュレーター(兼任)を務める。学生時代より動物園マニアとして活動を展開し、国内外の約200ヶ所の動物園・水族館を訪問。2009年よりNPO法人市民ZOOネットワークの理事も務める。

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