最後のひとり。case4――ドールシープ

      2016/05/05

 ドールシープ

 早いもので、2015年もあと数時間で終わりを迎えようとしている。来年の干支は「申」ということで、年賀状用の写真撮影など、世間の関心はもっぱらサル類に向いているようだ。しかし、年末には次の年の干支が何かということばかり話題になるが、今年の干支が何だったか思い出す人はそう多くないのではなかろうか。
 そこで今回は、まだ「今年の干支」であるヒツジのなかまから、「最後のひとり」を紹介したい。

case4:ドールシープ

 今回の主役は、名古屋の東山動物園で飼育されていたドールシープだ。前回に引き続き、すでに国内からは絶滅してしまった種類である。北アメリカの山岳地域に生息し、雪山では保護色になるであろう純白の毛皮が美しいヒツジのなかまだ。厳密にいうと、ドールシープのなかには純白ではなく褐色などの毛色のタイプのものもいるらしいが、いずれにせよ東山動物園にいたのは純白のタイプだった。体格は家畜のヒツジとほぼ同程度ながら、オトナのオスには大きく巻いた立派な角がある。そこらのヒツジと一緒にされては困るほどの気品を持ち合わせたヒツジだ(と、個人的には思う)。
 ドールシープがいったいいつ頃から東山動物園あるいは日本国内で飼育されてきたのかはハッキリ分からなかった。正確には、ある程度まで特定するすべ(例えば、日本動物園水族館協会の年報・月報を洗い出すなどして)があることは知っているが、この暮れの慌ただしい時期に、趣味にそこまでの労力は割けなかったというのが本音だ。ただ、これまでの見聞きした経験から、東山以外にはそれほど(あるいはまったく)ドールシープの飼育例はなかったのではないかと思われる。東山での飼育開始時期も正確には分からなかったが、このドールシープのいた「アメリカ大陸ゾーン」が東山動物園とロサンゼルス動物園の姉妹園10周年記念として1980年3月にオープンしているため、およそその頃から飼育されていたのではないかというところまで推測できた。

飼育施設

背後に広がる森を借景に、綺麗な施設で暮らしていた。

 最後の個体はオスの「ラン丸」という個体で、1998年5月に同園で生まれた。この個体以外に見たことがないので詳しく分からないが、あとで見聞きした情報から、他に何頭かきょうだいもいたらしい。つまり、よく繁殖していたということだろう。しかし結局あとには続かず、ラン丸が2013年10月に死亡して、日本からドールシープは絶滅してしまった。ラン丸、享年15歳で、これは東山の歴代で最も長寿だそうだ。平均寿命は10歳ちょっとらしい。前回のミナミゾウアザラシのときにも言及したが、寿命が短くサイクルの早い動物は、維持するのはやはり大変なようだ…。
 見た目が綺麗ということもあったし、元より有蹄類(ひづめをもつ動物;ウシとかシカとかキリンとかサイとか)が好きなこともあって、東山を訪ねたときにはラン丸に会いによく行ったものだ。ただし、高齢ということもあり、寝室に入るなどして会えないことも結構あった。最後に会えた記録を見ると、2012年10月に見たのが最後だった。ちょうど、死ぬ1年前になる。そのあと1年間会えなかったのは、なかなか同園に行けなかったというのもあるのだが、翌年2013年5月に施設改修のため非公開施設に引っ越してそこで死亡したから、そもそも会えるチャンスがなかったのだ。

換毛期の姿

換毛期にはややみすぼらしい姿になることもあったが、生え替わればまた綺麗な純白の姿に戻る。

 施設改修というのは、高齢のドールシープ1頭のための改修ではない。再整備計画が進むなかで、この「アメリカ大陸ゾーン」にハクトウワシやアメリカビーバーの新たな展示施設ができることになり、その代わりにドールシープの岩山が潰されたのだ。
 当然と言えば当然だ。動物園には「見せるべき」「残すべき」種類の優先順位があるし、最後のひとりになった高齢のドールシープには、もはや諦めて、穏やかな余生を過ごしてもらうほかなかっただろう。最後に会えなくなって非公開施設で死亡したというのは、個人的には寂しく思ったし、擬人化すると“リストラ”されて孤独に死んでしまったような印象をもたないでもない。しかし同園の選択はやむをえなかったことと理解できる。
 ここでいいたいのは、「アメリカ大陸ゾーン」という展示配置の難しさ、だ。「アフリカ」「アメリカ」「オーストラリア」などのように、原則として生息地別に動物の飼育展示施設を配置することを「地理学的展示」という。従来、展示施設の配置は、「ネコ科のケージ」「サルのアパート」「バードハウス」などのような分類学的展示が主流だったが、1980年の当時は、地理学的展示はまだ珍しかったようで、同園でも「当園初めての施設」とアピールしている。1つのエリアであらゆる種類の動物を飼育展示するため、飼育管理上は面倒になるが、ある気候帯や地域の環境に合わせて生きている動物が並ぶことで、その土地へのイメージや理解が深まることになり、教育的な価値は高まると考えられる。ただし、この場合、入れられる動物に制約がかかってくるというのがここでいう難しさとなる。たとえばドールシープがいなくなっても、入れ物だけ見れば、ムフロンやバーバリーシープなどの他のヒツジ類にそのまま使用できないこともない。しかし、アメリカ大陸にいない彼らをそこで飼うのはナンセンスとなる。他にアメリカ産の似たような山岳系の動物が入手できない限り、その獣舎はそのままでは使えないことになってしまうのだ。

 いま、各地の動物園で、施設の再整備や新しい展示設置に向けた動きが進んでいる。
 教育的な価値が高く、見た目に迫力のある施設であるというのも結構だが、肝心の「主役」がいつまでもそこで暮らし続けることができるかどうか、もしいなくなってしまった場合はどうするのか、というところまで熟慮されているのかどうかは分からない。新たに導入する場合も含め、本当にその種は、自園内・国内・世界の動物園界での持続可能性があるのかどうか、それを達成するための施設や人材育成ができるのかどうか、改めて考える必要があると感じている。
 「珍獣好き」の贅沢な要望なのだが、動物園で飼育される全種について、上述のような保障がなされたうえで、できるだけたくさんの動物に会えることを願っている。新しい年を迎えるにあたり、来年はその方向にむけた一歩が踏み出せるよう、誓いたいと思う。

綿貫宏史朗
1986年熊本県生まれ。東京農工大学獣医学科を卒業後、京都大学霊長類研究所に勤務。現在、同研究所の研究員および公益財団法人日本モンキーセンターにて学術部所属キュレーター(兼任)を務める。学生時代より動物園マニアとして活動を展開し、国内外の約200ヶ所の動物園・水族館を訪問。2009年よりNPO法人市民ZOOネットワークの理事も務める。

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