命に値段はついていない。

      2016/03/18

 爬虫類飼育は、基本的には生き物を「買う」ことで成り立っている趣味です。
 野生の個体を捕ってきたり、誰かのうちで繁殖した個体を譲り受けたりすることもあるものの、ほとんどの場合、ペットショップ、あるいはイベントで値札のつけられた個体を買ってくることによって飼育は始まります。
 それゆえに、批難の対象となることがあります。
 「命に値段をつけるなんてかわいそうだ」という意見が寄せられることがあるのです。
 「命には無上の価値がある。だから、動物に値段をつけて売り買いするのは間違ったことだ」と。
 熱心な動物愛護活動家の方に、このような意見をお持ちの方が多いかもしれません。
 動物が適正に扱われているかどうかに関わらず、「値段をつける」ことそのものに拒絶反応を示される方もいらっしゃいます。
 確かに、値段の高い安いで動物の価値を見定めた気になっている人も多いですから、値段なんかつけるな、と言いたくなる気持ちもわからないではありません。
 けれども、そういう人たちにひとつだけ知っておいて欲しいのは、「動物につけられている値段は、その動物の命の値段ではない」ということです。
 1匹のトカゲが飼育者のもとに届けられるまでには、たくさんの手間がかかっています。
 繁殖させ、安全な大きさにまで育てるブリーダーの手間。
 トカゲを日本まで運んでくる輸入業者の手間。
 トカゲをストックして流通網に乗せる卸売業者の手間。
 買い手が現れるまで、店頭で健康にトカゲをキープする小売店の手間。
 たくさんの人が手間をかけてくれるおかげで、私たちは安心して、健康な生体を手に入れることができます。
 動物につけられている値段は、その「手間」に対する対価です。
 ブリーダーや、輸入業者や、卸売業者や、小売店の尽力によって、素敵な動物と出会うことができた。その感謝の気持ちを示すために、私たちはお金を払うのです。
 犬や猫でも、事情は変わりません。
 『街場のメディア論』という本の中で、著者の内田樹さんはこんなことを書いています。

 著作物は書き手から読み手への「贈り物」です。だから、贈り物を受け取った側は、それがもたらした恩恵に対して敬意と感謝の示す。それが現代の出版ビジネスモデルでは「印税」という形で表現される。けれども、それはオリジネイターに対する敬意がたまたま貨幣の形を借りて示されたものだと僕は考えたい。素晴らしい作品を創りあげて、読者に快楽をもたらした功績に対しては、読者は「ありがとう」と言いたい気持ちになる。言わなければすなまいような気持ちになる。とりあえず、それはいくばくかの貨幣の形を取ってオリジネイターに向けて返礼される。

 「贈り物」がなんであっても、もちろん動物であっても、それは同じだろう、と私は思います。
 私たちは動物の価値にお金を払うのではありません。命に価値をつけるなんてことは、できるわけがない。あくまで、価値付けの不可能なものとして、pricelessなものとして、私たちは動物を受け取ります。ただ、それとは別に、その動物を自分のもとまで届けてくれた人たちの、労に報いているのです。彼らがいなければ、その動物を手にすることはできなかったわけですから。
 もちろん、労に報いるのであれば本来はどんな方法でもかまいません。代わりにエアコンの掃除をしてあげてもいいし、ブリーダーの子どもが受験生なら勉強を見てあげてもいい。畑で採れたスイカを送るのでもいい。けれども、貨幣の形にして手渡すのが、もっとも(相手にとって)汎用性が高い。だからお金を払うのです。
 貨幣経済とは、そういう風に成り立っているものです。「動物がお金でやりとりされていること」そのものを批判する人は、貨幣経済の成り立ちについての理解が甘いのではないか、と私は思います。貨幣経済下においては、ブリーダーは金銭を受け取るべきではない、と言う意見は、ブリーダーに感謝する必要はない、という主張とほとんどイコールなのです。そう主張する人は、少なくとも、代わりに何を以って返礼とするのか、対案を出さなければならないでしょう。何もしない、などということは許されません。すでに、私たちは贈り物を受け取ってしまったのですから。マオリ族の言い伝えでは、「正しく返礼を行わない者は死ぬ」ことになっています。そのように言い伝えられるほど、「贈与」と「返礼」は人間社会にとって重要なものです。動物を受け取っておきながら、正しく返礼をしない者には、やはり悪いことが起きるのではないかと私は思います。
 動物がお金でやりとりされない社会は、あまり理想的なもののようには私には思えません。
 ブリーダーに然るべき対価が支払われる社会の方が、よほど健全ではないか、と思います。

1986年生まれ。幼少期より生き物と戯れて育つ。2011年、東京農工大学農学部獣医学科卒業。同年より小動物臨床に従事。在学中から、WordPressを利用してブログを書き始める。ニシアフリカトカゲモドキと出会った2014年に内容を一新、爬虫類ブログ「とかげもどきのしっぽ。」を立ち上げ、現在に至る。ニシアフリカトカゲモドキをはじめ、多くの爬虫類と暮らしている。

 - 爬虫類コラム