CB個体を選ぶことは経済的に正しいかもしれない。

      2016/03/18

 ペットショップで売られている爬虫類は、大きく2つのグループに分けられる。
 WC個体とCB個体である。
 WCはWild Caughtの略で、野生個体を捕獲してきたもの、CBはCaptive Breedの略で、飼育下繁殖によって生まれたものを意味する。
 一般的に、爬虫類を飼う場合にはCB個体を選ぶことが推奨されている。
 理由は2つ挙げられることが多い。
 ひとつは、飼いやすさである。ある動物が飼育下で繁殖に至ったということからは、2つの可能性が示唆される。ひとつは、そもそもその動物が、飼育下の環境に適応しやすいということ、もうひとつは、飼育下でその動物を繁殖に導くだけの十分な飼育方法が確立されたということ。いずれにせよ、CB個体が出回っているということは、その動物は飼育下でも管理しやすい、つまり飼いやすい性質を持っていることの証明になる。また、生まれた時から人に飼育されているCB個体は、導入後、飼育下の環境に順化させる必要がない。だから、特に初心者が飼育個体を選ぶ場合には、CB個体が出回っている種の、CB個体を選ぶことが薦められている。
 もうひとつの理由は、持続可能性である。正確に言えば、持続可能な利用のしやすさ、である。野生の個体を捕獲してくれば当然、その動物の野生下の個体数は減少してしまう。減少が一定程度を超えれば、その動物は絶滅への坂道を転がり落ちていくことになる。北欧の漁業者のように厳密な資源管理を行えば、資源を維持しながら最大限の利用ができるけれど、それにはコストがかかる。WC個体の持続的な利用は大変なのだ。一方でCB個体を主に利用するようにすれば、難しいことを考えず、野生個体群をまるっと保全したまま、その動物種を利用することができる。だから、CB個体が流通している種に関しては、特別な理由がない限り、WC個体に手を出さず、WC個体の流通量が減る方向にはたらきかけることが薦められている。
 ほとんどの場合、CB個体を選ぶべきだという主張は、この2つの理由を挙げて終わる。
 けれど、私は、もうひとつある、と思っている。
 WC個体の消費は、先進国と途上国との経済格差、いわゆる南北問題の存在を前提にしたものだから、というのがそれだ。
 動物卸売会社レップジャパンの代表で体感型動物園iZooの園長でもある白輪剛史さんの著書『動物の値段 満員御礼』に次のような一節がある。

 野生動物を獲る猟師(キャッチャーと呼ぶ)たちは、もともと食用に動物を捕らえていた。生け捕りにする必要はなかった。そんな彼らに生け捕りにする方法を教え、一人前のキャッチャーにしていく。でも、見ていないところで捕らえているわけだから、どんなやり方をしているのかわかったものではない。ときには、瀕死の動物が送られてくることもある。そんな失敗を重ねて捕獲や発想も上手になっていくのだ。
 彼らキャッチャーたちは、自分たちが捕まえた動物が日本へ送られるなんて夢にも思っていない。そんなことを教えたら、彼らは値段をつり上げてくるからだ。キャッチャーに余計な情報を与えないのも、上手にキャッチャーを使うテクニックで、これは全世界共通である。

 WC個体の売買は、彼我の情報格差を利用したビジネスだということが、これを読むとわかる。キャッチャーとシッパーの間に情報格差がなければ、「情報を伏せる」などということはできないからだ。
 と、いうことは、情報格差が解消すれば、このモデルは崩壊する、でなくとも、大きく形を変えることを余儀なくされるということになる。
 少なくともペットとして売られているものに関して言えば、携帯電話の基地局とスマートフォンさえあれば、自分たちが捕まえているものが日本で売られていて、相場がどれくらいか、などということは一発でわかる。この記述がいったいいつ頃をことを指しているのかはわからないけれど、キャッチャーたちの間にスマートフォンが普及してしまえば、同じような商売を続けることはできないだろう。
 都市へ出て文化的な生活がしたい、と望む者が増えれば、そもそもキャッチャーの絶対数自体が激減してしまうかもしれない。
 かつて、人件費が安いからと中国へ進出した製造業は、中国の経済発展に伴う人件費の高騰により、東南アジアの「まだ人件費の安い国」へ工場を移転することを余儀なくされている。格差の解消により今までのビジネスモデルが成り立たなくなりつつあるのだ。同じようなことが、将来、動物業界にも起こる可能性は低くはない。「パソコンの前で何億の金を動かして、それで利益があがるんだ。森に入ってトカゲを捕るなんて泥臭い仕事をする気はないね」と言い出されてしまったら、どうすればいいだろう? 物価が上昇すれば、いくら値をつりあげても、持続可能な捕獲数では次第にペイしなくなってくるはずだ。
 国際社会は、少なくともタテマエとしては、格差を解消する方向に動いている。そうである以上、格差を前提としたビジネスは、必ずしも非倫理的とは言えなくとも、過渡的なものにならざるを得ない。格差が解消されたとき、ビジネスモデルもまた潰える。経済発展したアフリカは、ひょっとしたら今の中国のように、逆に世界中から爬虫類を買い漁る存在になるかもしれないのだ。そんなものにいつまでも依存しているわけにはいかないだろう、と私は思う。
 CB個体を買うことの動機は、私の中では、これがいちばん大きいような気もする。
 WC個体の流通を前提にしたビジネスは、たぶん、次第に立ちゆかなくなる。この趣味を末永く続けていくためには、そうなる前に、できるかぎり多くの種において、「時折野生個体の血統を導入する程度で維持できるだけの飼育下個体群」を確立しておくことが望ましい。そのために私たち末端の飼育者にできるいちばん簡単なことは、熱意と知識と技術を持ったブリーダーを支援することである。適正な価格でCB個体を購入し、ブリーダーに利益をもたらし、さらなるCB化への原資としてもらうことである。WC個体には手を出さず、「ちゃんと殖やせる」人に委ねることである。
 だからCB個体を選ぶのだ。
 さらに言えば、長期的な視点で見た場合、「WCがいなくても大丈夫」な状態を超えて「CB個体に依存している」状態になることは、よい結果をもたらすのではないか、と思っている。
 動物なんぞに金をつぎ込み人工繁殖をする人の存在は、経済発展の賜物と言える。金に余裕がなければ、そんなことできはしない。そのような人の存在に依存する社会は、より多くの人が豊かな社会を、南北格差の解消を、志向するようになるだろう。人工繁殖に取り組むほど金銭的に余裕のある人が多ければ多いほど、たくさんの種、たくさんの個体の中から選べるようになるからだ。
 CB個体を選択することは、「自然環境に優しい」ばかりでなく、「人間社会に優しい」選択かもしれないのである。

1986年生まれ。幼少期より生き物と戯れて育つ。2011年、東京農工大学農学部獣医学科卒業。同年より小動物臨床に従事。在学中から、WordPressを利用してブログを書き始める。ニシアフリカトカゲモドキと出会った2014年に内容を一新、爬虫類ブログ「とかげもどきのしっぽ。」を立ち上げ、現在に至る。ニシアフリカトカゲモドキをはじめ、多くの爬虫類と暮らしている。

 - 爬虫類コラム