記憶力の劣化について

      2016/02/23

 記憶力の減退を実感している。
 10代の頃と比べると、驚くほどものが覚えられなくなっている。
 たとえば、電話番号。
 それは携帯電話のせいだろう、とおっしゃられるかもしれないが、そうじゃない。親がコドモに持たせられる程度に携帯電話が一般化したとき、私はまだ中学生だった。当時は、携帯電話を使っていても、そこに登録した番号を、けっこう覚えていたものだ。QRコードを読み取るのではなく手打ちで登録しなければいけなかったから、入力する過程で記憶が定着した、という事情がおそらく与ってはいるものの、それでも1回入力しただけで覚えられるくらいには、脳細胞が機能していた。
 しかし、今はもうダメだ。新しい電話番号を教えられても、ほとんどまったく覚えられない。ウェブサービスを利用していればいたるところで入力を求められる自分のiPhoneの番号ですら、ときどき怪しくなるくらいである。実家や勤め先の固定電話の番号ならともかく、親や上司の携帯番号などただの1文字も記憶できていない。いわんや友人の番号においておや。恋人の電話番号について、過去と比較できる今がないのがとても悲しい。
 他には、楽器を弾いている時にも、記憶力の衰えを痛感することが増えた。
 ギターを弾き始めた中学生の頃は、だいたい2〜3回さらえばスコアを暗譜できたものだったが、今は何度さらっても覚えられない。しかも、記憶が定着しない。中学生の頃に覚えた曲は未だに完璧に弾けるのに、最近「覚えたはず」の曲は1週間も弾かないと脳細胞から揮発してしまう。
 同僚の名前がとっさに出てこない、など、背筋の凍るような体験をすることも、ときどきある。
 もっと実害があるのは、ウェブサービスのパスワードや、「秘密の質問」の答えなんかを忘れてしまうことだ。安全を期そうと複雑にするあまり、自分で決めたのに忘れてしまう。問い合わせようにも、「秘密の質問」の答えが思い出せなくて本人と認めてもらえず、途方に暮れることになる。セキュリティ・ホールが、プログラムではなく私のアタマに開いているのだ。
 まったく困ったものである。
 そんな私にとって、パスワードを忘れてしまうことに次ぐ悩みは、トカゲモドキたちの名前をときどき忘れてしまうことだ。
 厳密に言うと、忘れるわけではない。
 でも、思い出すのに時間がかかることがあるのである。
 自分でつけた名前であるにも関わらず。
 トカゲモドキに、餌をやる。ぱくぱくと食べるのを見届けた後で、さて、食べた数を記録しよう、とノートを開いて、はたととまる。
 ええっと、こいつの名前はなんだっけ……?
 そうなることが、少なからずある。
 さすがに、古株は覚えている。くぬぎ、やまもも、むぎ、ふじ、かしわ、ぶな、にれ。このくらいまでは大丈夫。でも、ひいらぎくらいから実はちょっと怪しくなる。すおう、なつめあたりになると、とっさに書ける確率が2割程度に下がってしまう。
 ぼたんにいたっては、思い出すのに10分かかったりする。
 ほとんど単独飼育だし個体識別はできているから実害がそれほどあるわけではないのだけれど、思い入れのある存在の名前を忘れる、というのは、ひどく自尊心の毀損される体験である。ノートをつけた後、私は落ち込まざるを得ない。
 そして不安に駆られることになる。
 今は、アオジタやカメたちを含めても20匹ちょっとだからいいけれど、今後もし数が増え続けて、100とかになったら、果たして私は、すべての名前を覚えていることができるのだろうか。
 今からこんな体たらくでは、ひょっとしてできないのではないだろうか。
 そう考えてしまうのである。
 今年90になる私の祖父は、孫の名前がすぐに出てこず、自分の子供(私の父と2人の伯母)の名前を上から順番に口に出し、それから年齢順に孫の名前を、私のところまで下っていく、というやり方でしか私を呼ぶことができない。ボケているわけではなく頭脳は明晰なのだが、なぜか名前が苦手なのだ。「じゅんこ、すみ、けい、よしあき、なおこ、たけひろ」と彼が言うのは、全員を呼んでいるのでなく私を呼んでいるのである。私たちは、自分の名前で祖父がとまったことを確認してから、返事をする。
 デフォルトの記憶力が祖父に劣る私は、同じことを、モドキたちに対してするかもしれない。まだ30代であるにも関わらず。
「くぬぎ、やまもも、むぎ、ふじ、かしわ、ぶな、にれ、ひいらぎ、れんげ、べにばな、すおう、なつめ、ぼたん…………〇〇」
 100匹目に辿り着くためには、いったいどれほどの時間がかかることだろうか。名前を呼んでいるだけで、世話の時間が終わってしまいそうだ。
 そうなったら、私はどうすればいいのだろう。
 といって、今更、名前をつけず番号で管理するみたいなこともやりにくい。名前持ちを贔屓しているみたいに思われてしまいそうだし、なにしろそれではブログに書けない。モニターの向こうの人たちに「18号」で誰のことかを認識してもらえるのは人造人間くらいのものだ。
 というわけで、今後の爬虫類ライフを送るにあたり、私は自らの記憶力の低下を憂慮しているのである。
 脳トレ、でも始めてみようかしらん。
 監修の先生の名前、もう忘れてしまったけれど。

1986年生まれ。幼少期より生き物と戯れて育つ。2011年、東京農工大学農学部獣医学科卒業。同年より小動物臨床に従事。在学中から、WordPressを利用してブログを書き始める。ニシアフリカトカゲモドキと出会った2014年に内容を一新、爬虫類ブログ「とかげもどきのしっぽ。」を立ち上げ、現在に至る。ニシアフリカトカゲモドキをはじめ、多くの爬虫類と暮らしている。

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