癒やされるために必要なこと。

      2016/05/08

 『青のフェルマータ』は、私がいちばん最初に読んだ、村山由佳の小説である。興味を持った理由は、文庫版の表紙に載っているイルカの写真がきれいだったこと、そして、本編自体にイルカが登場するということのふたつ。とりあえず何か動物が出てくればいい、と思って手に取った。村山由佳という作家自体にはほとんどなんの関心も抱いていなかった。
 けれど、この本の最後のページを読み終えるときには、私はすっかり、この作家のファンになってしまっていた。こんな素晴らしい小説を書く作家を今まで知らずにいたなんて、なんて損なことをしていたんだ、とさえ思うくらいだった。
 『青のフェルマータ』でまず目を見張るのは、文章の美しさである。まるで西洋の詩の文句のような、ちょっと気恥ずかしいほどの華麗な文が、作品中にちりばめられている。
 たとえば、物語のはじまり近く、主人公のリオが海で泳ぐシーンにある一節。

 わたしは水から顔をあげ、海と区別がつかないくらいに青く澄んだ空を見上げた。ぽっかりと浮かんだ真綿色の雲のおなかが、水を映して、透きとおったエメラルドグリーンに染まっている。
 夏の匂いがした。風からも、水からも、夏の匂いがしていた。

 とりわけ最後の一文に、私はしびれた。頭の中いっぱいに夏の海が広がり、夏の匂いが充満してどうしようもなかった。それほど、この一節に私は引き込まれたのだった。
 このような文章を、他にもたくさん、味わうことができるのだ。感覚や感情を満足させたい、というときにはもってこいである。
 もちろん、『青のフェルマータ』は、ただ感覚に訴えるだけの小説というわけではない。そこには、物語を貫く、ひとつの大きなメッセージが横たわっている。
 それを端的に表しているのが、次の一節だろう。主人公が手伝っているイルカ研究所を、イルカ・セラピーを受けに家族と訪れた自閉症の女の子が、イルカとのふれあいを通じて、劇的に回復していく場面で、主人公がこう語る。

 こうして癒されているのは、けれど、キャロル=アンばかりではなかった。彼女の回復ぶりは、母親のカーラにとってはもちろん、わたしたち一人一人にとっての癒しにもつながっていたのだ。(中略)愛するもののために何かをすることは、何かをしてもらうことよりもずっと深く、わたしたちを癒す。

 そう、この小説のテーマは、「癒し」なのである。人はどんなとき、癒されるのか。自身に傷を抱えながら、それでも他者に手を差し伸べずにはいられない人たちは、何を思ってその手を差し出すのか。問われているのはそういうことだ。
 そして、その問いに対する村山由佳の答えが、先の引用なのである。
 カウンセラーにかかること、リゾートへ出かけること、あるいはもっと単純に、大切な誰かの温かみに身をゆだねること。我々が「癒し」と言うとき、想定されているのはおそらくほとんどが、このような受動的な事柄だ。「癒し」とは何かを「してもらう」ことによって得られるものだというイメージが強いと思う。
 しかし、村山由佳はそうではないと言う。
 彼女曰く、真の「癒し」とは、何かを「する」ことによってはじめて得られるものなのだ。
 人間は、意味を求める生き物だ。自分はなんのためにここにいるのか。はったりでもいいからその答えを手にしなければ、安心して生きていくことはできない。
 愛するもののために何かをすることは、その意味を与えてくれる。自分のしたことで、大切な人が喜ぶことによって、人は、自分がここにいることには意味があるんだ、と納得することができる。そして、生きる力を手にすることが出来る。
 さらに、村山由佳はこうも書いている。

 ほんとうは、イルカだけが特別なんじゃない。犬でも、猫でも、馬でも、もちろん人でも同じことだ。誰もがきっと、それぞれに、たったひとつの役割を担って生まれてくる。そうしてその誰もが必ず、べつの誰かにとっての「特別」になることができるはずなのだ。

 誰もが必ず、他の誰かにとっての特別になることができ、その特別な誰かのために行動することで、きっとあなたの傷は癒える、というのである。
 だから。まずは、手を差し伸べるところからはじめなさいと。
 それが、村山がこの小説を通して訴えたいことではないかと思う。
 癒されたいと、救われたいと願うなら、誰かの手が差し伸べられるのを座って待つのでなく、立ち上がって、座り込んでしまった別の誰かに、手を差し伸べにいきなさい。その行動を通じて、あなた自身が、あなたを救うことができる。
 村山の描く、「超」がつくほどお人好しな登場人物たちのうちにはきっと、そのような主張が込められているのだ。
 「癒される」と、受身の語法が氾濫する中、「癒す」という能動態で編み上げられたこの物語は、新鮮に心に響く。
 待っていてはいけないのだ。
 文化人類学の知見が語るのは、「欲しいものは、それを他者に贈与することによってのみ手に入る」という事実である。
 自分の悲しみを癒すには、まず、他者の悲しみを癒さなければならない。
 抱えた悲しみのその分だけ、人に優しくなろうではないか。

1986年生まれ。幼少期より生き物と戯れて育つ。2011年、東京農工大学農学部獣医学科卒業。同年より小動物臨床に従事。在学中から、WordPressを利用してブログを書き始める。ニシアフリカトカゲモドキと出会った2014年に内容を一新、爬虫類ブログ「とかげもどきのしっぽ。」を立ち上げ、現在に至る。ニシアフリカトカゲモドキをはじめ、多くの爬虫類と暮らしている。

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