地道な努力が成功の鍵。――S獣医師

      2016/02/18

 ペット産業は、不況に苦しむ日本の中で、右肩上がりの成長を続けている数少ない産業のひとつ。その市場規模は年々増加し、2007年には1.1兆円を突破。家庭がペットにかける年間平均支出額も、2010年には前年度比21.9%増を示している。
 その中で、中心的な役割を果たしているのが、獣医師である。ペットに関する支出のトップは、犬、猫ともに医療費。増加率でもダントツの伸びを見せる。動物愛護の意識が高まり、ペットが「家族の一員」に格上げされ、その健康の維持に、人々はお金をかけるようになった。それに伴い、小動物臨床に携わる獣医師は、その重要性を増している。
 小動物臨床の社会的な重要性が高まるに連れて、それを目指す人の数も増えてきた。今、日本に16ある獣医学科の志願者数は、年々増加の一途を辿っている。そして、厳しい競争に勝ち抜き入学した者たちの多くは、公務員や産業動物臨床など様々な道がある中で、小動物の臨床医になることを目指す。
 しかし、小動物臨床に携わる獣医師を取り巻く環境は、決して恵まれたものではない。厚生労働省の賃金構造基本統計調査によれば、獣医師の平均年収はおよそ553.2万円。お世辞にも高いとは言えない(人間の医師は1159.5万円)。人間の医療のような総合病院は少なく個人経営の「町の獣医さん」が基本であるため、必然的に勤務医は薄給に甘んじざるを得ず、それなりの収入を得ようと思えば開業が前提となる。とはいえ、少なくとも都内では動物病院の数は飽和していると言われ、冗談半分ではあろうが、「新しい病院をひとつ開くためには、他の病院がひとつ潰れなくてはならない」というような話も耳にする。決して楽な道ではない。
 小動物臨床を目指して大学に入ってきたものの、厳しそう、という話を聞いて二の足を踏む学生も、少なからずいるように思われる。
 では、そのような状況で働く獣医師達は、どのように考えて日々仕事をされているのだろうか? それを知りたいと思った私は、実際に現役の獣医師にお会いして、お話をうかがわせていただくことにした。
 ご協力くださったのは、都内のとある動物病院の院長、S獣医師。長身で、坊主頭とぎょろりとした目が特徴の、ガテン系のオーラを漂わせたオニーサンである。「ハムスターを診てもらったが、とてもいい先生だった」というクラスメートの話をきき、それでは、とインタビューを申し込んだところ、快く引き受けてくださった。

「できない」を禁句に

 心臓疾患のスペシャリストを目指していらっしゃるS獣医師。病院を持ちながら、なおも大学で勉強に励んでいることから、私はてっきり、はじめから小動物臨床を目指している方なのかと思っていた。
 しかし、「もともと小動物志望だったのですか?」という私の質問に、S獣医師は首を振った。父親が地方競馬関係の仕事をしていた影響で、臨床は臨床でも、大動物(産業動物。牛、豚、馬など)、特に競馬関係の仕事に就きたいと思っていた、というのが彼の答え。だから、母校の麻布大学では、小動物の循環器科を担っている外科第一研究室ではなく、大動物関連の研究を行っていた衛生学研究室を選択したのだという。
 では、どういう経緯で、小動物臨床へ進路を変更したのか。その理由は、決して積極的なものではなかったようだ。
「もともとはJRAに入りたかったんだけど、入れなくって。だから、小動物へ行こうかな、と」
 それゆえ、小動物臨床に携わるにあたって、在学中から心がけていたことはあるか、という質問に対する答えは、苦笑まじりでの「ない」。
 言わば消去法で、小動物臨床にたどり着いたS獣医師。
 その分野に関する勉強をしっかりと始めたのは、現場に出るようになってから、と語られた。
 そこには、ふたつのきっかけがあったという。
 ひとつめは、実際に仕事をしていく中で感じた、自らの無力さだ。
「なんにもできないんだよ、はじめは」
 それでも、肩書きは「獣医師」。当然周囲からは、「できる」という期待が寄せられる。
「お金は貰っているし、飼い主さんはそういう目で見てくる。それに、しっかりしてないと、看護師さんたちも信用してくれない」
 それゆえ、勉強しなければいけないと、強く感じたのだという。
 もうひとつのきっかけは、勤務先の病院長の、勉学への取り組みに感化されたこと。
 S獣医師の務めた病院の院長先生は、当時で60代後半。臨床医として45年目を迎えた大ベテランであった。それだけの経験を積んでいれば、もうこれまでのストックで仕事を続けていけそうなもの。しかし、彼はそのような怠惰に甘んじることは決してなかった。週に1度、仲間たちと勉強会を開き、知識・技術の向上に努めていたのだ。
 そんな院長のもとで働くスタッフたちの間には、「勉強するのは当たり前」という雰囲気があった。その中にあってS獣医師も、勉強に取り組んでいくようになった。
 これらふたつのきっかけにより、また、「学生時代劣等生だったから、そのまま劣等生の獣医さんになっていると思われたくない」という意地も伴って、S獣医師は、積極的に知識を求めていく姿勢を持つようになったのである。
 その当時、心がけていたことは、という質問に対しては、こう答えられた。
「できない、とはいわないこと、かな」
 新人のうちは、もちろん、自信のないことの方が多い。しかし、だからといって、それをやらないでいたら、いつまで経ってもできるようにはならない。そこで、「できない」とは言わず、任されたからにはきっちりこなして返すようルール化することで、自分にプレッシャーをかけ、必要な知識を吸収していったのだという。
 任された仕事をやってみて、本当にできなかったら、スタッフにも、飼い主さんにも、もちろん動物にも迷惑がかかる。これはとても勇気のいる取り組みだったと思う。しかし、先生はそのリスクを敢えてとり、自らの力に変えていった。
 こうして、S獣医師は、「プロ」としてのスタートを切る。

真面目にやってれば、なんとかなる。

 そして、卒業してから8年後、彼の努力が結実する。自らの動物病院を開院するに至るのである。
 開業までに8年というのは、平均よりもやや長い期間であるとのこと。それだけの時間をかけたのは、開業するためには、まずなにより自分の腕をしっかりさせなければならない、と考えたから。
「自分は弁は立たないから、腕だけは、って」
 ただ、もともとは、自ら開業しようと積極的には考えていなかったのだそうである。
「はじめは、ぼんやりと開業を考えてもいたけど、ずっと勤務医でも行けるのかな、と思ってた」
 と、S獣医師。冒頭で、「スペシャリストを目指している」と私は書いたが、それももともとは、「何か得意技がないと、勤務医として雇われ続けることは難しい」という考えに起因しているのだという。
 だから、もし何事もなければ、そのまま勤務医として、腕を磨いていく日々はもう少し長くなったのかもしれない。
 それでも結局開業することとなったのは、経済的な事情によるものだ。
「まあ家庭があると……。子どもが1人のうちは、勤務医でもなんとかやっていけたけど、2人はさすがに厳しいと思った。だから開業することにしたんだよ」
 冒頭で紹介した、獣医師を取り巻く環境が、ここでも影響を与えていたのだった。
 しかし、年間収入が600万円程度の病院が1割あり、400万円程度の病院も5%あるというのが、開業医の実情。むしろ収入が下がってしまうリスクはもちろんあった。
 怖くはなかったですか、という質問には、もちろん怖かった、というお返事。しかし、勝算はあったのだという。
 それはコネでも、地縁でも、はたまた広告戦略でもなかった。
「学会とか行くでしょう。で、そこで発表しているような先生たちは、当然相応に勉強していて。そういう人たちの病院って、やっぱり繁盛しているんだよね。それで、やるべきことを真面目にやっていれば、なんとかなるんじゃないかと思ったんだよ」
 周りを見回してみれば、勉強している人間が成功している。ならば、今は未熟かもしれなくても、このままこの道を歩いていけば間違いはない。
 8年間という時間の中で培われてきた「努力することへの信頼」。それが、S獣医師に勇気を与えていたのだった。
 こうして、S獣医師の動物病院は誕生する。
 現在、彼の病院は、日は浅いとはいえ順調な経営を見せ、冒頭で書いたように、「あの先生は良い」という評判も勝ち得ている。それは、先生の「勝算」が間違っていなかったことの証左といえるだろう。
「まずは、やるべきことをしっかりやること」
 そう、S獣医師は語るのだった。

寝るな!

 現在も、勤務医時代に培った信念のもと、S獣医師は勉強を続けていらっしゃる。今も大学の診療に参加しているのも、自分の弱点である超音波診断を学ぶため。開業したばかりで患者の数も少なく、時間がある。その時間を無為に過ごすことなく、さらなる向上を目指して活用されているのである。今後も、決して背伸びはせず、プロとして、求められることに地道に応えていきたいと先生は語る。
 やるべきことをしっかりとやっていれば、結果はあとから付いてくる。
 それが、診療に携わる中でS獣医師の得た確信であるようだった。
 飼い主さんからの期待に応じるため、弛まぬ努力を続けられているS獣医師。最後に、先生から小動物臨床を目指す学生への、メッセージをお願いしてみた。
「結構ね、基礎は大事だよ。解剖、生理、薬理、病理。臨床のことは、現場出てからでも覚えられるけど、基礎は勉強する時間がなかなかとれない。臨床でちゃうと、症例が次々来るからそれに忙殺されちゃうんだ。勉強するなら、基礎。特に病理。細胞診とかも外注する前に自分で見るけど、病理ちゃんとわかるとぜんぜん違う。逆に病理があやふやだと、病理診断の結果が理解できない。キーワードがわかんないし、質問しようと思っても、病理の先生の話についていけない。病理の先生はアカデミックな人たちで、難しい話をするからね。
 それから、やっぱり解剖がわかると手術のとき違うし、発生なんかも、心奇形を理解する上では大事。あー、あの時習ったような気がするな、ということ、たくさんあるもの。あと、生理・薬理がわかってると、循環器系の理解もとても楽になると思う。
 ただ……。卒業すると、遊べなくなるからね。代診の間は、お金も暇もなくなる。遊べるうちに遊んでおいたほうがいいかもしれないね。自分も、もっと遊んでおけばよかったと思うから。
 だから要するに……寝てちゃダメってこと? 自分は学生時代、暇さえあれば寝てたけど、もっと時間を有効活用したほうがいい」
 寝るな、とは、日頃それこそ暇さえあれば寝ている私にとってはどきりとする言葉。しかし、求められるレベルが日毎高くなっていく小動物臨床においては、惰眠をむさぼっている時間などないのであろう。
 そして、いざ現場に出たら。
「奇を衒ったり、背伸びをする必要は全然ないんじゃないかな。開業で背伸びしたって、借金が増えるだけだから。地道に、真面目にやっていく。それが大事だと思う」
 実際に、そうしてここまでやって来られたS獣医師の言葉。覚えておいて損はないだろう。
 「プロとして、飼い主さんの求めに応える」。その地道な努力でここまで来られたS獣医師のお話は、「王道」を歩むことの大切さを教えてくれる。
 不安に足を止めている時間があったら、とにかく一歩でも前に進むこと。
 それが、先行きの明るくないと言われることの多い小動物臨床で成功するための、秘訣なのかもしれない。

 ※本文中の数字は、「ここまで来たペットビジネス」(週刊東洋経済 2010年5月29日発行)を参考にしています。

1986年生まれ。幼少期より生き物と戯れて育つ。2011年、東京農工大学農学部獣医学科卒業。同年より小動物臨床に従事。在学中から、WordPressを利用してブログを書き始める。ニシアフリカトカゲモドキと出会った2014年に内容を一新、爬虫類ブログ「とかげもどきのしっぽ。」を立ち上げ、現在に至る。ニシアフリカトカゲモドキをはじめ、多くの爬虫類と暮らしている。

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