ギターは結局、弾かなかった。

      2016/03/14

 久しぶりに、ギターを弾こうと思い立った。
 RADWIMPSの「Darma Grand Prix」という曲が気に入っているので、ちょっと練習してみようと思ったのだな。
 エレキギターを手に取るのは半年ぶりくらいである。
 半年ぶりに、アンプを引っ張り出してきて、ケーブルでギターとつなぐ。
 スイッチを入れる。
 と、ここでトラブルが発生する。
 音が、出ない!
 ちゃんとギターとアンプはケーブルでつながっているのに、アンプに電源が入っていることを示すランプはついているのに、アンプから音がまったく出ないのである。
 うんともすんとも言わない。
 一度電源を落として、接続しなおしてみても変わらない。
 アンプは、観音像みたいに沈黙している。
 壊れ……てる?
 はじめは、埃のせいかと思った。半年放置していたからだ。ジャックに埃が溜まって、接触が悪くなっているのかもしれない。あるいは、ケーブルが傷んでいるのかもしれないとも思った。けれども、すぐにそうではないと気がつく。接触不良や断線ならば、ノイズが混じるにせよ音は出るはずだからである。ケーブルをぐりぐり動かしてみても、まったく、うんともすんともしないというのはおかしい。
 接触の問題ではない。
 まったく音が出ないということは、アンプか、ギターそのものが壊れている可能性が高い。
 なんということだ。
 私は愕然とした。
 こんなタイミングで、そんなトラブルが発生するなんて。
 ギターも、アンプも、安いものではない。
 いくら夏のボーナスが入ったといっても、来月はジャパンレプタイルズショーに行くし沖縄にも行く。奨学金の返済等も考えれば、それほど余裕があるわけではない。修理に出すのも買い換えるのも、正直しんどい。
 それなのに、よりによって今、発覚しなくてもいいだろうに。
 半年放置していた自分を棚に上げて罰当たりにも私は仏様を呪った。
 そしてすぐさま現実逃避に走る。
 さっき否定したにも関わらず、接触不良説にしがみついたのである。
 猫がいるからね。猫の毛がね、こう、みちっとジャックに詰まってたら、音も出ないでしょう。
 だったらピン自体が刺さんないだろ、というツッコミはついぞ脳裏に去来しないまま、私はジャックにピンセットをつっこみ、さらに綿棒でぐりぐりした。きっとたくさん毛玉や埃がとれるはず、と思って。
 当然のことながら、そんなことはなかった。ピンセットも綿棒も、なにもひっかけては来なかった。猫っ毛1本すら。当たり前だ。アンプの置いてある部屋には猫は入らないのだ。
 しかし私は、すぐさまケーブルを疑いにかかる。
 いや、ひょっとしたら、新しいケーブルにしたらつながるかもしれないじゃーん。
 一部じゃなくて、全部ばちっと切れてたら、そういうこともあるでしょう?
 ありえない。ケーブルの導線が全部切れるって、いったいどういう事態だ。猫が噛み切ったとでも言うのか。繰り返すが、アンプの置いてある部屋には猫は入らない。
 が、血液型占いが未だ隆盛を極めているように、人は真実ではなく、自分の信じたいことを信じる生き物なのである。
 防衛機制も働いていたのだろう。
 私は財布をひっつかみ、市内の楽器屋へ車を走らせた。
 これで解決だ、と半ば本気で思いながら。
 夕方の道は混んでいる。渋滞をいらいらしながら潜りぬけ、楽器屋の駐車場に車を止め、足早に店内に入った。
 つかつかと棚に歩み寄り、手頃なケーブルをひっつかみ、ばしっとレジに差し出す。
 店員のお兄ちゃんはちょっと引いていたような気がした。
 たぶん、私がよっぽど追い詰められた表情をしていたのだろう。
 とにかく、私は新しいケーブルを手に入れ、渋滞の中往復40分かかって家へ戻ってきた。
 これで、これできっと音が出るはず。
 ケーブルの包装を引きちぎり、アンプのジャックに挿し込む。ギターの方にも接続する。
 アンプの電源を入れる。
 どうだ!!!
 ……。
 もちろん、音が鳴るはずがないのである。
 だって現実逃避だったのだから。
 はじめから、それが原因なわけがなかったのだから。
 あらためて現実と直面し、途方に暮れる私。
 買い換えなければならないのか。
 私は、観音像みたいに感情をなくした表情で部屋に立ち尽くした。
 2体の観音像が夕日のさすアパートの一室に並んだ。
 神々しさは、まるでなかった。
 しかし、私はすぐに意識を取り戻す。
 立ち直りが早いのだ。
 私は思った。
 ……買い換えるとしたら、どちらを?
 アンプを買い換えてみたが実は原因はギターでした、では洒落にならない。さすがにそんな無駄遣いはできない。買い替えが必要だとしても、少なくともどちらがおかしいのかをはっきりさせなければならない。
 そのための方法はひとつだ。
 私は、再び車を走らせた。今度の行き先はコンビニだ。
 エレアコのプリアンプに新しい電池を入れた状態でアンプと接続し、音が出るかどうか確かめれば、どちらがおかしいかがわかる。それで音が出ればエレキギターのせい、音が出なければアンプのせい、ということになる。しかし新しい電池がない。そこでコンビニに買いに行くことにしたのだ。
 夕方の道は混んでいる。渋滞をいらいらしながら潜りぬけ、コンビニの駐車場に車を止め、足早に店内に入った。なんで最初にまとめて買ってこない、と自分を叱責しながら。
 つかつかと棚に歩み寄り、適切な電池をひっつかみ、ばしっとレジに差し出す。
 店員のおばちゃんはちょっと引いていたような気がした。
 たぶん、私がよっぽど追い詰められた表情をしていたのだろう。
 とにかく、私は新しい電池を手に入れ、渋滞の中往復20分かかって家へ戻ってきた。
 計1時間の消費だ。観音と化していた時間を含めればプラス15分程度か。時刻は夕方から夜へと近付いている。急がねば音を出してギターを弾ける時間がなくなる。
 私はエレアコの電池を入れ替え、アンプと接続した。
 エレアコをストロークしてみる。
 じゃらら〜ん。
 いい音である。
 しかし、アンプからは音が聞こえなかった。
 と、いうことは、答えはひとつだ。
 どうやら、原因はアンプの内部にあるようであった。
 ギターではなく。
 いや、もちろん、この検証ではギターが壊れているかどうかについてはまったく情報を得られないわけであるが両方壊れている可能性なんて片方ずつ壊れている可能性に比べたら無視できるくらい小さいだろうからそのあたり汲んでくれってことだよ。
 あらためて書く。
 どうやら、原因はアンプの内部にあるようであった。
 ギターではなく。
 そうか。
 ここへきてようやく、完全に現実を受け入れる気持ちになった私。
 それでも、不幸中の幸いだ、と私は思った。
 ギターよりはアンプの方が、安い値段で買い換えることができるからだ。
 しかたがない。
 今度、余裕のあるときにアンプを買って来るしかあるまいな。それまでは、エレキギターは諦めよう。なあに、私にはアコースティックギターがある。
 そう思って、観音アンプからケーブルを引き抜こうとしたその時である。
 私は、アンプの背面から、「あるはずのないもの」が飛び出しているのに気がついた。
 それは、直径1.5cmほどの円筒形をしていた。本来はないはずのでっぱりだ。
 ナンダコレ。
 手を伸ばし、でっぱりを掴んでみる。そのまま引っ張ると、でっぱりは、かちゃっと音を立ててはずれた。
 その全貌を目にした私は、言葉を失った。端からほとんどしゃべっていないが、それでもよりいっそう失った。
 アンプみたいに。
 アンプみたいに?
 それは、ヘッドフォンをアンプにつなぐためのアダプターだった。
 私は電子ピアノとアンプとでヘッドフォンを共用しているのであるが、電子ピアノの付属品であるヘッドフォンをアンプにつなぐためには、ジャックを変換するアダプターが必要である。そのアダプターが、アンプの背面にささったまんまになっていたのだ。
 ん。
 え。
 っていうことはぁ。
 原因はこれかあああああああああ!
 それを2秒ほど凝視した私は、そのまま仰向けにベッドに倒れこんだ。
 アダプターがささりっぱなしだったということは、アンプは、「ヘッドホンがささっている状態」だと現状を認識していたということだ。それならば当然、スピーカーにではなく、ヘッドフォンの方に、信号を出力することになる。スピーカーから音が出なくても当たり前だ。
 接触不良でも、内部の問題でも、っていうかぜんぜん「トラブル」じゃなかった。
 機械は正しく動いてた。
 どちらかと言えば、持ち主の問題だった。
 アダプターを外した状態でギターをつないでみると、今までの沈黙が嘘のように、アンプは大きな音を出した。
 じょわわ〜ん!!!
 エフェクトをかけて歪ませた音に乗せて私はシャウトした。
 この1時間半はなんだったんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!
 思い返してみれば、確かに記憶に残っている。ピアノを弾くためにアンプにつないでいたヘッドフォンをとりはずしたとき、私は確かに、アダプターをそのままにした。はずして転がしておいたら、きっと無くしてしまうと思ったからだった。
 が、それを今の今まで、まったく忘れてしまっていたのだ。
 私は自らの記憶力の弱さをまたしても呪った。もう何度呪ったかしれないが。そして仏様に土下座した。呪ってごめんなさい。最低だった。
 自分でしかけたトラップに、自分でハマってしまうとは。
 接触不良だったのは、私の脳味噌の方かもしれない。
 ギターは結局、弾かなかった。

1986年生まれ。幼少期より生き物と戯れて育つ。2011年、東京農工大学農学部獣医学科卒業。同年より小動物臨床に従事。在学中から、WordPressを利用してブログを書き始める。ニシアフリカトカゲモドキと出会った2014年に内容を一新、爬虫類ブログ「とかげもどきのしっぽ。」を立ち上げ、現在に至る。ニシアフリカトカゲモドキをはじめ、多くの爬虫類と暮らしている。

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