ミドリガメの憂鬱。

      2016/02/22

 大学生の頃、卒業研究のためにたくさんのミドリガメを飼っていた。
 研究室内には置ききれず、校舎の中庭に水槽を並べていたので、その存在はわりと広く知れ渡っていた。
 獣医学科という動物好きの集まる場所であっても、爬虫類にまで詳しい者は決して多くない。「ニシアフリカトカゲモドキ」という単語を出されて、すぐにその姿を思い浮かべることができる人間は、獣医の間においてすら少数派だ。なにか爬虫類を話題に出すときには、それがどんな動物かという説明が、たいていは必要になる。
 そんな中で、ほとんど唯一、なんの説明もなくともすべての人間が、種名(正確には商品名だが)まで即答できるのがミドリガメだった。
「あ、ミドリガメ」
 通りがかった人は、迷わず言った。
 ミドリガメは、爬虫類に関心のない人でも、ひと目でそれとわかる例外的な爬虫類だ。
 定番のペットとしての地位を、20世紀のうちから確立していたおかげだろう。
 日本において、もっともポピュラーな爬虫類と言っていい。
 この国で生活していれば、このカメを目にしないことの方が難しい。どんなペットショップでも、3cmくらいの幼体がたくさん売られているし、夏になれば縁日の商品としても並べられる。子供向けに生き物の飼い方を書いた本にも、必ず掲載されている。「カメを飼っている」という人が10人いたら、7人まではこのカメを飼っているはずだ。でなくとも、ミドリガメのことを1度も見たことがないという日本人は、ほとんどいないことだろう。
 そのようにペットとして人気の高いミドリガメは、しかし、自然保護の観点からは、悪役とみなされている。世界各地に帰化し、在来の生態系を脅かしているからだ。日本でも、移入した水系の植生を破壊したり、レンコン農家に被害を与えたりと、たくさんの問題を引き起こしている。国際自然保護連合は、世界の侵略的外来種ワースト100というリストに、世界中に300種近くのカメがいる中で、このカメだけをリストアップした。それくらい、図抜けて影響の大きい存在だということである。
 とはいえ、悪いのはミドリガメではない。彼らは、ただ連れてこられただけだからだ。人間に運ばれることがなければ、彼らは原産地であるミシシッピ川流域から、外へ出ることはできなかった。彼らを捕まえ、殖やし、世界中にばらまいた人間が、諸悪の根源なのである。カメたちは与えられた環境で、精一杯生きようとしているに過ぎない。故郷から引き剥がされ、遠い異国にわけもわからず連れてこられたという点では、むしろ被害者であるとさえ言える。責められるべきは、カメではなく人間の方だ。
 1960年代からこっち、日本では、ペットとして販売された大量のミドリガメが、持て余されて捨てられてきた。ミドリガメは、一般家庭で終生飼育するには、少々大きくなり過ぎるためだ。ビニールプールほどのスペースを要求する生物は、うさぎ小屋に住んでいる日本人の手に負えるものではなかった。だから多くの日本人は、飼いきれなくなったカメを捨てた。ある者は「アメリカのカメを日本に放しても“自然に帰した”ことになる」と愚かにも信じたことによって、ある者は、「1匹くらい捨てても問題ない」と自分勝手な算盤を弾いて。「毒がある」というデマが流布したのは、人々が捨てる口実を探していたからかもしれない。
 そのおかげで、ミドリガメはペットショップにおいてだけでなく屋外においても、もっともよく見かけるカメになった。そして、在来の生態系を荒らすようになった。目の前の子ガメがいったいどれくらいの大きさに育つものなのか調べもしないで安易に手を出した人々の愚鈍と邪悪によって、ミドリガメは世紀の大悪党に仕立てあげられてしまったというわけだ。
 繰り返すが、悪いのはカメではない。
 それでも、現に在来の生態系を脅かしているカメたちを、もう野放しにしておくわけにはいかなくなった。それとこれとは別の問題だ。在来の生態系を守るためには、彼らには退場していただかなければならない。でなければミドリガメの代わりに、他のいくつもの在来種を、失うことになってしまう。カメにとっては理不尽であっても、駆除は必要だ。可哀想だと口で言うのは簡単だが、そういう人たちに1人頭100匹でも引き受けて終生飼養をしてくれる気がない以上、他に方法はないのだ。
 日本でも、本格的にこのカメを駆除する計画が動き始めている。
 すでに駆除活動は数年前からNPO等の手によって始められているが、これからもたくさんのカメが、殺されることになるだろう。
 ミドリガメ、正式名称ミシシッピアカミミガメは、その学名(Trachemys scripta elegans)の通り、非常に美しいカメである。顔や手足に走る草色のライン、目の後ろに伸びる赤い斑紋、深緑色の虹彩。成長にともなって、幼体時の鮮やかなライムグリーンはくすんでいくものの、その美しさが損なわれることはない。大きな手足で水をかいて泳ぐ様はとても優美だ。アカミミガメを含むスライダーと呼ばれるグループは、カメの中でも泳ぎの得意な部類である。豊富な水量の中ですいすいと泳ぎまわる姿には、目を奪われずにはいられない。爬虫類としては知能も高く、人の顔を識別し、飼い主を見分けることができる。きちんと飼われれば、とても素晴らしいペットになる生き物なのだ。
 そんなカメが、悪者として駆除の対象となり、しかも飼育そのものまで禁止される見込みであるというのは、爬虫類好きにとってはとても悲しいことである。
 無責任な飼育者が放擲することがなければ、こんなことにはならなかった。
 生き物は、最後まで責任を持って飼って欲しいと心から思う。
 なお、ミシシッピアカミミガメは、本来の生息地では開発により、急激に個体数を減らしている。
 なんと不憫な生き物であることだろう。

1986年生まれ。幼少期より生き物と戯れて育つ。2011年、東京農工大学農学部獣医学科卒業。同年より小動物臨床に従事。在学中から、WordPressを利用してブログを書き始める。ニシアフリカトカゲモドキと出会った2014年に内容を一新、爬虫類ブログ「とかげもどきのしっぽ。」を立ち上げ、現在に至る。ニシアフリカトカゲモドキをはじめ、多くの爬虫類と暮らしている。

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