動物園を知り尽くした学生。――市民ZOOネットワーク理事綿貫宏史朗さん

      2016/05/05

 今、TBS系列では、毎週日曜日、『獣医ドリトル』を放映中である。
 このドラマの主人公がいわゆる「街の獣医さん」を生業としていることからもわかるように、「獣医」と言えば、「犬猫のお医者さん」というイメージが巷では強い。そして、そのイメージに憧れて、毎年たくさんの学生が、獣医大学に入学してくる。公務員色の強いうちの大学でも、およそ3分の1は小動物臨床に進むといった具合で、その人気は絶大と言える。
 しかし、その陰に隠れてしまってはいるが、もうひとつ、地味に獣医学生の人気を集めている就職先がある。
 動物園である。
 基本的に来園者の前に姿を現すことはないので、影が薄い感があるのは否めないけれども、動物園にも、もちろん獣医さんはいる。展示動物が病気になったら、彼らが治療を行うのである。そういう、動物園の獣医さんも、ゾウやキリンと身近に接することができるという魅力から、学生の人気を集めている。専門職とは言っても、その根底にあるのは「動物が好き」という単純な思いだったりするわけで、動物好きにとっては楽園とも言える動物園は、やはり憧れの職場なのである。
 というわけで、私の周りにも、「動物園で働いてみたい」という学生はけっこういる。「選択肢のひとつ」であったり、「将来へのステップのひとつ」であったり、捉え方はいろいろなようだけれども、関心を持っている学生は多いようである。
 彼らの多くは、非常にアクティブである。隙あらば実習やらなんやらへ出かけ、経験を積んでいる。長期休暇は夢充(逃避先が夢である非リア充のことである)として過ごすことを旨としている私とは大違いの積極性である。
 そんな彼らの中にあって、一際、異彩を放っている人物がいる。
 東京農工大学農学部獣医学科に在籍の、綿貫宏史朗くんである。
 私のひとつ後輩である彼は、その行動力、知識、そしてなにより「動物園の好きさ加減」において、他に比肩する者のない境地に達している。その「深さ」たるやほとんど「変態」と申し上げて差し支えないと思われるくらいである。実習をこなし、末端のボランティアとして活動を行う学生は数あれど、NPO法人の理事にまで上り詰めた者はそうはいない。市民ZOOネットワークの理事の一人であり、代表代行としてラジオ出演までこなしている彼は、明らかに異質な存在である。
 私は、そんな綿貫くんのことを書いてみたいと常々考えていた。彼が、どのようにして今あるような人物になったのか、大変興味があったからである。そこで、大学近くのジョナサンに彼を呼び出し(「体育館裏でなくてよかった」と彼は言った。アルバイトもしていない人間から、金をまきあげるほど私は悪党ではない)、インタビューを行った。

きっかけは、「人材難」

 待ち合わせ場所に、彼は、眠い目をこすりながらやってきた。その日は午前中に、彼が単位を落としていた病理学の試験があって、彼は前日遅くまで勉強をせざるをえなかったからである。そんな体調で興味本位のインタビューを受けてくれた彼に感謝しつつ、私は質問を開始した。
 私が、まず彼に尋ねたのは、どういった経緯で、市民ZOOネットワークに関わるようになったのか、ということである。学生の身分で理事まで務めるなんて、ちょっとよそでは聞かない話だ。だから、そこにいちばん、私の関心はあった。
 綿貫くんによれば、はじめてその団体と接触を持ったのは、2007年のことであるという。
「2007年に、上野動物園でSAGA(アジア・アフリカに生きる大型類人猿を支援する集い)が開かれたんです。それに、先輩とか、他大の知り合いが参加してて。私は、参加するつもりじゃなかったんですけど、たまたま上野に行っていて、彼らに会ったんです。そうしたら、その人達が、『さとうあきらが参加してる』って言うじゃないですか。さとうさんは動物写真家なんですけど、私、その人の大ファンなんです。それで、さとうさんに会えるかもしれないと思って、夜の、懇親会に飛び入り参加したんですよ。結局さとうさんは懇親会には来なかったんですけど、そのかわりに、動物園系の知り合いの人から、市民ZOOネットワークを紹介してもらったんです」
 実はそれ以前から、そういう団体のあることを、綿貫くんは知ってはいた。しかし、「なんだか怪しい団体」というイメージがあって、積極的に関わろうとは思っていなかった。
「市民ZOOネットワークが、エンリッチメント大賞ってのをやってるのは知ってたんです。けど、表彰されてる中身を見たら、なんか、それはエンリッチメントなの?って、疑問の持つようなものも含まれていて。だから、ずっと怪しいな、と思ってたんですよ」
 その認識が、実際にスタッフの人たちと会い、言葉を交わすことで変化していったという。
「実際に会ってみたら、有意義なことをしているな、というのがわかったんです。エンリッチメント大賞にしても、褒めて伸ばすというか、そういうところに主眼があるんだ、ということを知って、それは共感できるなあ、と。それで、関わることにしたんです」
 ただ、はじめは、あくまで「サポーター」として関わるつもりで、まさか運営に深くコミットしようなどとは考えていなかったそうである。しかし、当時市民ZOOネットワークが直面していたのは、深刻な人材難。せっかく縄張りに踏み込んできた、使えそうな「獲物」を見逃すなどあるはずもなかった。綿貫くんには次から次へと、「仕事」が発注されていく。
「セミナーの受付とか、イベントの手伝いとか、ばんばん頼まれてましたね」
 そうして、はじめての接触から、2ヶ月も経たない12月にはもう、市民ZOOネットワークのサポーター発表会で、発表者として壇上に立つまでになっていた。
 だが、決定打となったのは、綿貫くんがエンリッチメント大賞に対して示した関心だった。
 団体の姿勢に、共感を得ていた綿貫くん。しかし、個々の表彰内容については、多少の違和感を感じていた。審査員に識者を揃えておきながら、なぜそのような表彰内容になるのか、疑問は解けずにいた。そこで、ある時彼は、スタッフに頼んだのである。審査委員会を見せてくれと。
 これは私の想像だけれど、おそらくそのスタッフは、綿貫くんのその一言を待っていたのではないかと思う。スタッフは、綿貫くんに対してこう返事をしたのだ。「タダで見せるわけにはいかない。見たいなら、スタッフになれ」。
 この発言が、市民ZOOネットワークの「チェックメイト」となった。綿貫くんは、エンリッチメント部門のスタッフとなり、以降、本格的に運営に関わっていくようになる。人手の足りない団体のために、エンリッチメント部門以外の、ニュースレターの発行や事務所の仕事の手伝いまでもこなしながら、次第に、「中枢」に近づいていったのである。
 現在、綿貫くんは、4人いる理事のうちの一人。そして、産休をとっている代表の代行として、実質上、団体の「顔」となっている(彼は、自分のケータイの着信に、「はい、市民ZOOネットワークです」と出るのである。ほんとに)。

踏破園館数、150

 こう書いてみると、綿貫くんと市民ZOOネットワークとの出会いは、奇妙な偶然によるものであるように思われる方もいるかもしれない。言い方を変えれば、「たまたま」だと。
 でも、実際には、この邂逅は、綿貫くんの主体的な行動あってこそ、成立しえたものである。
 彼は現在までに、日本動物園水族館協会(日動水)加盟のもので102、非加盟のものを含めるとおよそ150の動物園・水族館に足を運んでいる。日動水加盟の動物園・水族館はぜんぶで156であるから、加盟園館に限って言えば、彼は総数の3分の2を、すでに踏破していることになる。驚くべき行動力である。
 これだけ通いつめた結果として、彼は、多くの動物園・水族館関係者の知己を得た。だからこそ、先ほど紹介したように、「動物園関係者から」市民ZOOネットワークを紹介してもらうことができたのである。また、これだけ通いつめた結果として、彼は、少なくとも哺乳動物については、どこの園に何がいるのか、おおよそ把握することができるようになった。だからこそ、市民ZOOネットワークは、彼を、「カモネギ」として遇したのである。彼が、ネギを持たない「ただのカモ」だったとすれば、こんな風にはならなかったであろう。
 彼が今のポジションにあるのは、今までの積み重ねの賜物に他ならないのである。
 では、いつから彼は、それほどの動物園好きになったのだろうか。私は、それを尋ねてみた。返ってきた答えは、驚くべきものだった。
「生後10ヶ月です」
 彼はそう言った。
「そのくらいに、家族で動物園に行ってるんですよ。まあ、記憶があるわけじゃないんですけど。でも、その時撮った家族写真を見たらね、一枚も、僕がカメラの方向いてる写真がないんです。全部、キリンとかの方を向いてて、こっち見てないんですよ」
 生後10ヶ月といえば、まだつかまり立ちがやっと、といったところ。そんなに幼い頃から、もう彼は、動物の虜だったわけなのだ。
 幼くして発症した“動物園熱”は、同じく動物好きのお父さんの意向を反映し、家族で行くドライブの行き先がたいてい動物園・水族館だったことにより、着実に、慢性へと進行した。中学生時代には、叔母の結婚式で上京し、「ついで」にわずかな時間だけ立ち寄った上野動物園で、「あとでじっくり見るために」すべての動物を写真に収めんと駆けまわる、程度の症候を見せる。
 そして、活動範囲が大きく広がる高校時代以降、症状は重症化の一途を辿る。高校生の頃は、学校の近くにある動物園に、時に中学生料金で入園までして通いつめ、大学受験の時には、「何かあるといけないから」と親を丸め込んで試験の前々日から現地入りして大学の近くの動物園へ出かけ、浪人時代には、勉学に勤しむべき身であるにも関わらず、路線バスを乗り継いで、3時間かけて未踏の水族館を目指し……。もはや最優先事項と言ってもいいくらいに、動物園の比重が大きくなっていくのである。
 晴れて大学に入学してからは、もう、野に放たれた獣のよう。手当たりしだいに、近隣の動物園・水族館を「踏破」していく。本人は草食系を自認しているがなんのなんの。聞く限り、その挙動は、「狩り」以外のなにものでもない。
 しかし、ここでいちばん肝心なことは、通った動物園の数でも、動物園へ行く頻度でもない。肝心なのは、彼がある時点から、「意識的に」動物園に関する知識を蓄えてきた、ということである。
 インタビューの中で、彼はこんなことを語った。
「この人の生き方を真似しようとか、そういうのはあんまりないんですよね。なんか、人のやってないことをやりたいんですよ。で、動物に詳しい人はたくさんいるけど、“動物園に詳しい人”ってあんまりいないじゃないですか。だから、そういうのになってみよう、みたいな感じでやってるんです」
 彼とて、はじめはもちろん、「動物が好きだから」動物園に通っていたに違いない。しかしある時点から、それを、自らの「ニッチ」を作り出すという明確な目的に基づく行動にシフトさせたのだ。
 この発言からも、市民と“動物園との”関わりを考える団体である市民ZOOネットワークに、彼が理事として参加していることは、決して偶然ではない、ということが知れるのである。

バランス感覚

 ここまでの話をきいて、彼の放つ「異彩」の正体が、なんとなくわかった気が、私はした。
 動物好き、ではなくて「動物園好き」にちょっと立ち位置をシフトして、自分の居場所を見つけ出す。そのような「少しだけ、先を見ておく目」というのが、今の彼を作る大きな要素なのではないかと思われたのである。
 つづくいくつかの質問の答えも、それを裏付けるような内容だった。
 たとえば、彼が今、大学で関わっている、傷病鳥の保護について。
 広い意味では「野生動物」とくくられる動物たちの中でも、綿貫くんが関心を持っていたのはあくまで動物園動物だった。いわゆる「身近な生き物」には、とんと興味がなかったと彼は言う。それでも、現在自分が直接動物に関わることのできる場がそれしかないという中で、彼は迷わず、その中へ飛び込んでいった。傷病鳥を扱う中で得られる、個体を扱う技術や治療技術は、動物園へフィードバックできると考えたからだ。
 あるいは、大学での研究について。うちの研究室では、直接、動物園動物を対象にした研究も行われているけれど、綿貫くんはその方向へは行かず、実験動物としてウズラを用いた研究テーマを選んだ。基礎的な研究から、動物園に応用可能な知見を汲み出すこと、すべての研究の基礎となる実験の「手続き」や「思考」を、実験動物を相手に習熟することが、今後の動物園にとって、あるいは自らの身の振り方にとって有益であると判断したからである。
 いずれも、「少しだけ、先を見ておく目」が、生きているエピソードだ。
 「動物園に関わること」を目的地に見据えつつも、視野をちゃんと広めにとって、必要な車線変更や寄り道をする。やはりそのバランス感覚が、彼を今の場所にまで運んできた張本人なのだ。
 熱意のある人というのはしばしば、その熱意故に行動が直線的になりすぎることがある。私は熱意などかけらも持ちあわせてはいないが、それでも、何かに集中すると周りが見えなくなることはある。しかし綿貫くんは、熱意を持ちつつも、視野狭窄に陥らない。後輩に学ぶというのも癪なものだが、彼の「バランス感覚」を、我々は参考にすべきなのかもしれない。
 1年後の卒業を控えて、今彼は、進路に迷っているようである。やりたいことはある。しかし、それが実現できるかはわからない。どこに向かって歩いて行くのか、決めかねているそうである。
 けれども、彼のこの「バランス感覚」があれば、きっとうまくやっていけると私は思う。彼がオーソリティとして世間にお目見えする日は、それほど遠くないのではないかと考えている。
 今後のよりいっそうの活躍を、期待する次第なのである。

理想の動物園

 最後に、綿貫くんの動物園観について語ってもらった。
「大事なのは、ポリシーだと思います」
 と、彼は言った。
「どういう園にしたいのか、という価値観をはっきりさせること。どこの園でも、カピバラがいて、アルパカがいて、フンボルトペンギンがいて、みたいな、それじゃつまらないじゃないですか。たしかに、カピバラかわいいからいてもいいですけど、それだけじゃなくて、その園ならでは、という味を出していかないといけないと思うんです。限られた場所と予算の中で、どんなコンセプトに基づいてどんな動物を揃えるのか。同じ動物でも、どんなふうに見せるのか。そういうポリシーが大事だと思うんですよね」
 動物を見せるのではなく、動物を通して、「世界」を見せる。動物園が環境教育の場たらんとすれば、必然的にそのような「構え」が必要になってくる。そう考えれば、確かに、彼の言うように、個々の園はそれぞれの、「世界観」を撃ち出していかなければならないのだろう。
 彼の挙げる、「オススメの動物園」のラインナップを見れば、その考えが、決して表面的なものではないことがわかる。
「ひとつは、高知県立のいち動物公園ですね。ここは、100%生態展示の園なんですけど、金網も檻もなくて、とても綺麗なんです。あと、中にジャングルミュージアムっていう施設があって、ここは見せ方が工夫されてるんです。水族館ぽいっていうか。大水槽じゃなく大温室の中を実際に通り抜けたり、アクリルガラス越しに熱帯のジャングルの中を垣間見たりする雰囲気で動物を見るようになってます。定期的にスコールとかも降るんですよ。そういう、見せ方にこだわってるのがいいですね。
 ふたつめは、横浜市立金沢動物園。あそこは、昔から希少な草食動物の保護をやってて、ここにしかいない動物ってのもけっこういて、それがいいか悪いかは別にしても、明確なテーマがあるのはよかった。今、予算の都合とかでコンセプトが崩れてる部分もあるんですけど、でも、好きです。
 最後は、佐世保の九十九島水族館。ここ、水族館の中では今いちばん好きかもしれないです。100%、地元の海にこだわってるんですよ。要は、目の前の、そこにある海ってことなんですけど、それを、いろんな側面から見せるっていう。日本の水族館って、わりと、地元の海みたいのをおっきく言うんですけど、ほとんどがなんやかやで、ピラルクーがいたり、アシカのショーがあったり、ペンギン立ってたりするでしょ。でも、九十九島はほんとに地元だけです。イルカのショーもやってますけど、それも、ハナゴンドウとかハンドウイルカとか、その海に住んでる種類を使ってやってる。言いたいことがはっきりしてて、きれいなので大好きです」
 好きな園を3つ挙げてほしい、という私の問いに答え、150の動物園の中から彼が選び出したのが、この3つの園であった。いずれも、明確なポリシーを持ち、運営されている動物園や水族館。これらを即座に選び出すのは、常に「そういう目」で動物園を見ていなければできることではない。
 明確なポリシーを持っていること。間違いなくそれが、彼の考える動物園の基幹なのである。
 では、そんな綿貫くんの考える、「夢の動物園」とはどんなものかというと。
「ちっちゃいころから、妄想の動物園を無数に作ってるんですけど、高校のころから真剣に考えてたのは、世界の淡水をテーマにした水族館的なものです。水棲のいきものがメインなんですけど、それに加えて、カバとか水牛とかも飼育されているような。それを、故郷の熊本に作りたい、と思っています。熊本は水がきれいなところで、上水道ぜんぶ地下水なんですよ。そういう、水の豊富なところでやるなら、淡水をテーマにする意味があろうかと」
 ズーラシアやのいち動物公園が「生態展示」であるなら、これはさしずめ「生態系展示」というところだろうか。ある環境にどんな動物がいて、それらがどのように関わり合っているのか、それを明示的に見せることは、言葉だけでは伝わりにくい、「生態系」のイメージを浸透させる上で、効果的な手段になりうるかもしれない。興味をそそられる試みである。
 動物園を知り尽くした男、綿貫宏史朗が作る、「夢の動物園」。もし、現実となった暁には、ぜひとも訪れてみたいものである。

Follow him on twitter

1986年生まれ。幼少期より生き物と戯れて育つ。2011年、東京農工大学農学部獣医学科卒業。同年より小動物臨床に従事。在学中から、WordPressを利用してブログを書き始める。ニシアフリカトカゲモドキと出会った2014年に内容を一新、爬虫類ブログ「とかげもどきのしっぽ。」を立ち上げ、現在に至る。ニシアフリカトカゲモドキをはじめ、多くの爬虫類と暮らしている。

 - 獣医師の生き方